なんだろう、この闇の深さは。
底知れない闇の深さだ。

目を閉じている時より真っ暗だ。
目を閉じているのか、いないのかもわからない。
何も見えやしない。
気配だけが微かにするだけ。

何なのだろうこの闇の深さは。

これほど深い闇の中では、自分という存在すら、確認する事もできない。
本当に俺はこの世に存在しているのか。
上もなく、下もない。
右も左もなくなり。
前後もない。

自分のいる位置もわからず。
自分がどちらに向かっているのかも見失い。
実体もなく、名前も忘れた。
なす術もなく闇の中を漂い続ける。

自分の姿かたちすら、消え失せて、感触と音でしか自分の存在を確かめられない。
おのれの正体も知りようもなく。
もがこうと、暴れようと、なんの実感も得られない。
正体なく漂うしかなく。

深い闇の中に、音もなく沈んでいく。

明日は来るのだろうか。
大体、この暗闇の中では、時間の感覚さえ失せてしまう。
今は、いつなのだろうか。
夜なのか、昼なのか。

星もなく。
月も出ていない。

神を遠ざけたのは人であり。
神が人から遠ざかっていたわけではない。

これまで経験したことのない闇の深さ。
意識すら失われ。
失望とか、絶望とかと。
そんな感情さえも受け付けない漆黒の闇だ。

疫病が流行り、戦争が起こり、天災に襲われ、環境破壊が続いていても、人々はなす術もなく。
科学技術が発達したといても、愚かな兵器を作り出したのでは。

救いようのない闇。
なぜなら、人間自らが招いた闇だから。

闇が、この世の総てを覆い尽くそうとしている。

正しき者が虐げられ、悪徳が栄える。
真実は遠ざけられ、欺瞞が実(まこと)しやかに流布する。

善良なる者も、悪逆なる者も、同じだと言うのか。

生きているのか、死んでいるのか。
この世との関りも確かめられず。
何が善であり、悪であるかの分別さえも忘れ。

僅かな希望さえも、葬り去られ。
人々は現実から目を背け。
仮想世界へと逃避しようとする。
現実を直視もしていない癖に、これが現実なのだと諦めていく。
そして、虚しさだけが音もなく拡がり続ける。

どこまで続く泥濘なのだろうか。

人は、神を遠ざけ。
人は、神から遠く離れてしまった。
神から離れれば離れるほど、冥さは増していく。

神の名を口にしながら、平然と人を欺き。
信仰を利用して金を儲け。
神を利用しながら神を恐れもしない。
これでは、どうやって、神に救いを求められるのか。

神から与えられた力を自分の力と思い込み。
破滅への道を突き進む。

秩序を否定した街。
結果、秩序のない街。
秩序の失われた街。
無秩序な街。

人間の作った法は変えられても、神の作った自然法則は変えられない。
所詮、生病老死からは逃れられないのだ。

人は確かに神を信じていたし。
未来に希望を持ってもいた。
科学技術は、人々に輝かしい未来を約束していた。
人々は信じてもいた。

しかし、今や、科学は人々を暗闇へと突き落とす。
我々は、科学技術に何を期待したらいいのか。
人間が開発した技術は、人間の居場所なくすために働いている。
科学技術が向上すればするほど、闇が深くなるのはなぜか。
真理を解き明かすはずの科学が、進歩すればするほど、真理から遠ざかっているように見えるのは、私だけか。
人類は、本来の目的を見失いつつあるのではないのか。

何が真実なのか。
そして、なぜ。

俺達は、昔、夢を見ていた。
この地平の向こうに楽園がある事を信じて。
無邪気に、単純に信じられたというのに。
でも今は、その夢ですら幻にしか思えない。
我々は、神の力を手に入れたのではないのか。
神の力を手に入れたと思った瞬間から、なぜに、人は、神を信じようとしなくなったのか。

信じる事を忘れた時、この闇は生まれた。

最初はほんの小さな点に過ぎなかったと言うのに。
人間の驕慢や傲慢、欲望が膨れ上がるに従ってどす黒く、急速に広がり。
いつの間にか。
信じてはならないものを信じ。
信じなければならない事を棄ててきたから。

平和で穏やかな日々を、銃弾や爆弾で打ち壊してまで何がほしいというのか。
あの夢のような、ウクライナのクリスマスもつかの間の夢になって。

真偽を見分ける無垢なる目を失い。
瞞(まやか)し、贋物(まがいもの)を崇めて、盲目となる。
この世は闇さ。
自分で目を瞑っているのだから。
神という言葉を口にすることさえ悍(おぞ)ましいというのに。

聖なる存在は、清純そのもので、汚辱に塗れてはいない。

醜悪で邪悪なる者を神とし、清浄なる者を魔とするなら。
汚れていっても仕方ない。

神よ。

まだこの地平の向こうに夢をもつ事が出来ようか。
夢を実現したと信じた瞬間、夢は、泡のように、脆くも崩れ去り消えていく。
夢なんてそんなものさと、嘲笑うけれど。
でも、こいつは、真実の夢ではない。
幻でしかなかった。
幻だから、虚しさだけに支配される。

自分の非力、無力を嘆いても何になろう。

無秩序は無秩序でしかない。
何も、無秩序からは生まれない。

底のない闇を突き詰めるしか、道は拓けないのかもしれない。
漆黒の闇の中だからこそ、何かが見えてくる。
闇の中から、闇の中だから本当の事が浮き上がってくる。
この闇の底を見据えて。

目覚めよ。

目覚めよ。

この闇から抜け出すために。
失われた機会を取り戻すために。