何故、真っ先に事務方を置かなければならないのか。
それは、事務は、仕事全体を制御し、組織を動かす部分だから。
つまり、車で言えば、車体であり、エンジン。
期日が来てから、エンジンをかけるというのは無意味。
まず、エンジンを起動させないと、組織は動き出さない。
組織が始動しなければ目的を達成する事はできない。

注意しなければならないのは、担当と事務方とは違うという事。
事務方と担当者の区別がつかず、ごちゃごちゃにしている者が、結構見受けられる。
事務方と担当者を明確に区別しておかないと組織は機能不全に陥る。

事務は、仕事や組織のプラットフォーム、OSみたいなものだから、事務処理がわからない者は、基本的に仕事ができない。
組織が動かせないと思って間違いない。
事務を馬鹿にしている者は、仕事ができないし、組織を動かすことも、制御する事もできない。

作業の順序、筋立てを組み、全体の作業の流れを整え、組織を制御するのが事務の仕事。

事務は形式を重んじる。
なぜなら、仕事や組織は形で管理するから。

仕事は、たくさんの作業の塊。
組織は、大勢の人が共同で連携して、一つの仕事を成就する事。
一定期間かかる上、一つの作業でも遅延すると、全体の作業を組み直す必要が生じる。
しかも、個々の作業には、順序があり、始まりと終わりがある。
また、いくつかの作業が同時に並行して進捗する。

事務は、仕事に伴走してリーダーや担当、組織を支える。
事務は裏方に徹して、指揮者が常に冷静な判断、決断ができるように準備する。

準備、お膳立て、下打ち合わせ、根回し等なども事務の仕事になる。

新郎新婦だけに任せていたら、結婚式はいつまで経ってもできない。
ブライダル業者は、新郎新婦に代わって出席者に通知したり、会場を手配する。
出席者や会場を決めるのは新郎新婦。
新郎新婦が主で ブライダル業者 は従。

結婚式場や、葬儀屋、旅行会社は、事務的な仕事引き受ける事で成り立っていると言っていい。
事務は仕事の基本で、事務がわからないと仕事も組織も組み立てられない。

車を動かす目的と、車を動かす事とは違う。
免許も持たずに運転手にはなれない。事務を覚える事は、車の運転を覚えるようなこと。
車の運転は、頭ではできない。車を実際に動かして覚える。
同様に、組織の運用も実際に組織を動かさないと覚えられない。
だから、若い頃に率先して事務方をやった者が勝ち。

人は、プロの選手の華麗なプレーしか見ていない。プロは、難し処理も難なくやて見せる。
見ている者は、簡単に見えるから、ちょっとしたエラーにも、厳しい講釈を垂れる。
しかし、簡単に見えるプレーも、そこに至るまでに血のにじむような努力をしている。

プロになれるのは若い時期に壮絶な努力をしたからで、その時期は短い。
どんな世界も若い時に基本を身につけない限りプロにはなれない。
少なくとも、二十代前半までに身につけないとプロにはなれない。
三十を過ぎて、ゼロからプロ野球の選手を目指しても、若い頃に基本、基礎がある程度できていないと無理である。時間は、残酷である。
プロスポーツだけでなく。どんな仕事も同じ。
プロを目指すなら、仕事な基本を若いうちに身に着けておく必要がある。
今の日本は、若い頃に楽する事ばかり教えている。
それが、今日の日本の停滞を招いている。
この様な日本にした者の罪は大きい。
忠告する。
若い時に、苦労を厭っている限りプロのも本物にもなれない。

我々は若い頃に、下働きをして事務を覚えないと、口ばっかり達者で仕事ができない人間になると、言われて育ってきた。
考えてみれば、確かに、いい歳をして、能書き多くて講釈ばかりたれ、仕事、実務が全くだめという人間が増えた。我々は内容のない、見掛け倒し、見せかけの者と蔑まれたんだけどね。
我々からすると仕事のできる人は、事務事務しいところから話を起すから、すぐにわかる。
何故なら、最初から、結は求められないから。

最初に、出せる結論は、事務的な部分。
とにかく、事務を起動させないで組織を動かそうとするのは、エンジンをかけないで車を動かそうとするようなもの。

決まってから始まるので、終わるのではないからな。
会議をすることを決めてから、会議の準備を始めるので。
会議の準備ができたから、会議をすることを決めるのではない。
ところが、会議をすることが決まった瞬間、仕事が終わったと錯覚する人がいる。
こういう人はいつまでたっても仕事を覚えられない。

事務方は決めるのではなくて、決めさせるのである。
決められるように準備するのが事務方。
事務は管理である。
事務方を低くみたり、軽んじると仕事が回らなくなる。
管理職は、実際の作業は、担当に任せて事務方に回るのが妥当。
だから、一部門に一人の管理者という布陣になる。

事務方は決められない。
担当者は、一か月後にやると言えば、一か月先を見る。
一年先に実施すると決められると一年先を見る。
それでは時間がなくなる。
一か月後、一年先と決められるのには、それなりに理由がある。
一か月先、一年後と決めるのは、それだけ準備に時間がかかるという事だ。
即着手しないとすぐに時間が無くなる。
だから、事務は、足元、決められた直後にやる事を促す。
それが事務の仕事。

組織が正常に機能しているかどうか、管理するのは事務の仕事。
組織が正常に機能しているかどうかは、指示、命令が指示された通りに履行されているかを、確認する事で検証する。それが事務の仕事。
確認する事が主で、指図する事は、なるべく控える。

組織が正常に起動しない原因は一律一様ではない。
それを見極めて正常に機能するように整えるのが事務。

組織が起動しない理由には、詳細が詰めてない、要件を満たしていない、解釈に幅が持たされている、責任の所在が曖昧などで。
要件には、日限や誰が責任者、与えられた権限など決定的な事もある。
要件を満たしていない指示は、そのままでは実施することが困難である。
先ず要件を満たして指示を完成させる。それも事務方の仕事。

もっと下世話な理由をあげれば、人と話すのが苦ってで他の人に切りだせない。
自分が、理解できない、してないのが知られるのが嫌だ。
できないのが皆に知られたら居場所がなくなる。
一旦、できます、わかりましたと言いたい上、今更撤回できない。
どうしたらいいかわからない。
自分が惨めになるとか、劣等感。
面子とか、見栄とか。そんな些細な事。初歩的な理由。
だから、かえって始末が悪い。

また、不測な事、勘違いも起こる。
やってみたら当初考えていたこと違った。
簡単に考えていた。早とちりしたなんてこともちょくちょくある。

相談する人を間違えた。単純、あてが外れた。騙された。裏切られた。
事情が変わった。担当が変わった。なんてこともある。

一番困るのは、一人の人間が作業を抱え込んで固まること。
組織全体が固まってしまい、再起動に手間取るから。
何らかの都合で作業が遅延することが予測された場合は、速やかに申告させるのも事務の仕事。
事務は、リーダーを裏から支え、組織を導ていく、ガイド。

組織を組むと組織が仕事をするようになる。
組織が起動して仕事は始まる。

組織は組織なの。
組織は、人が連携、協力し合う事でできている。
だから、組織の仕事始めは、人の手配、役割、分担、配置を決める事。

ピッチャーがピッチャーとして働けるのは、キャッチャーがいて内野手がいて外野が守って、相手チームがいるから。
まず人の配置を決める。
人の配置は、裏方からかかる。つまり事務方を決める。

当事者は、結論を求める為に、なかなか始まらない。焦るばかりで着手できない。
故に、最初は、事務的に始める。
だから事務方から決める。
事務は、組織の起動、スターターの役割も果たす。

演劇の演出や、セリフなんて直前まで決まらないものである。
試合の作戦は、その場でなければ決められない。
当事者は、直前まで決められないものである。
それではいつまでたっても仕事が始まらないから、事務で仕事の段取りをする。

担当者だけに任せているといつまでたっても、組織的にならない。
事務方は事務的に仕事の進捗を処理する。

当事者は、その時に中(あたる)となかなか、冷静で、客観的な判断が下せなくなる。
指導者がなぜ、運転を他の者に任せるかというと、自分が事故すると冷静な判断が下せなくなるから。
偉いからというわけではない。
役割、働き故である。

仕事の足は、速いからな。
油断をすると、時間が無くなって、あっという間に詰められるよ。
事務は、タイムキーパーでもある。
事務は、時間を管理する。

サッカーは、時間。野球は、回数。テニスは点数。ゴルフは、ホール。
いずれも時間の単位で管理されている。
事務は、時間で管理する。

仕事は、二十から十へ、十から五へ、五から三へと。
タガを締めるように、照準を定めていく。
全体のバランスを整えるのが事務の仕事。
常に、全体を見ておかなければならない。

事務は、日限を切って、仕事や組織にリズムを持たせる。
期日のない仕事は際限がなくなり終息しない。
切りがなくなる。
散漫になり発散する。
個々の作業の繋がりがなくなり。
統制がとれなくなる。
期日を守らせるのは、事務の仕事。

一人が止まれば、全体が止まる。
最後に制御不能に陥る。バラバラに解体してしまう。

仕事は、点で考えるのではなく。期間、幅で考える。だから始点と終点がある。
よく、仕事は、ソーセージみたいなもの、始まりと終わりを閉めないと中身がこぼれ出ると。
また、仕事はウナギみたいなもの、頭を抑えないとヌルヌルと掴みどころがなくなる。
とにかく早く着手して、時間を作る。時間を稼ぐことを覚える。

芝居は役者だけでできるわけではない。
舞台裏で沢山の人が働いている。
舞台の上ばかり見ていたら、芝居は成立しない。
役者だけ揃えても、舞台は務まらない。
しかし、仕事のわからない者は、舞台の上ばかり見て、幻想を抱き、憧れるばかり。

事務は裏方である。自分が舞台に立つわけでもなく、バッターボックスに立つわけでもない。
しかし、事務が動かなければ、舞台も試合も成り立たない。

組織や仕事には、主と従の関係がある。そして、主従の関係は一定しておらず、絶えず入れ替わている。
この様な変化を制御しているのが責任者であるり、事務は、裏で責任者を補佐する。
事務を担当する者は、どの局面で主従が入れ替わるかを見極めなければならない。
事務と責任者は、一心同体なければならない。

中心は常にトップが握る。
事務の仕事は基本的に従である。

事務は、仕事に伴走してリーダーや担当、組織を支える。
事務は裏方に徹して、指揮者が常に冷静な判断、決断ができるように準備する。

準備、お膳立て、下打ち合わせ、根回し等なども事務の仕事になる。

全体を仕切る者はオーケストラの指揮者の様な者で、主従を適切に切り替えるのが役割。
そのために自分は演者にはならない。

事務方は、リーダーにピッタリと寄り添って陰から支える。
事務が、表に出たり、前に出ると、目立つようになると組織は動かなくなる。
事務は後方で、裏で、シッカリと組織を支える。
よき事務方を手に入れた時、組織は飛躍する。