トップとの打ち合わせで、企画書に書かれていた静岡を浜松に変更されるように指示されて、分かりましたと応えながら、マネージャー会議に変更以前の企画書を出すのは、許されない。

上位の会議に提案された議案で、修正や否決された事をそのまんまにして下位の会議に、提出する事は許されない。
承認を受けなかった部分は、改めて承認を得なければ、提出できない。
一部を抜粋して承認された提案書を全文が承認を受けたとして提出する事は、許されない。
承認を受けた部分だけしか、提出できない。

これは。常識というより道理。
子供でも分かる道理。

権限が委譲された事は、許された範囲で詳細を詰める事が許される。
だから、必要に応じて権限を委譲してもらう。
これも道理。

トップと打ち合わせて、修正された事や指摘された事を、そのままにして会議に提出する事や、部下に指示する事は許されない。
例えば、トップに報告をして、「ここと、ここを修正して」と指摘され。
「わかりました」と応えていながら、たとえ、修正したとしても、確認をせずに。正式の会議に提出する事はできない。部下に指示する事も許されない。
承認を受けられなかった場合、その際、一任を取り付けるのを忘れたら、出席者全員の承認を受けないかぎり、正式に承認を受けた事にならない。
一度、正式に決められた事を、自分勝手に変える事はできない。
一度正式に決められた事は、正式な手続きを経ないと修正できない。

それをめんどくさいとか、固いとか、言うにはお門違い。
野球でルールを覚えるのは面倒くさいから、ルールを変えてしまえと言うのは、子供の草野球。
小学生だってルールを守らなければ正式の野球ができないのは知っている。

上の者が道理をわきまえずに担当者に責任を負わせるのは理不尽である。

最終的に責任を取らされるのは担当者なんだ。
なぜなら、実際に仕事をするのは担当者だから。
担当者は、上が責任を取らなければ、逃げられなくなる。
森友問題で自殺したのは、現場の担当者だと言う事を忘れるな。
責任ある立場の人間が、道理も、信義も、モラルも、自覚も、責任感もなく、いい加減な対応をしたら、若者が何を信じていいかわからなくなるじゃあないか。

これまで述べた事は違法行為、言い換えると、犯罪行為になる事を忘れるな。

公文書偽造、偽札づくりに相当する、犯罪行為。

トップが駄目だと言っているのに、会議で修正するよう指摘されているのに、何も変えずに押し通そうとする図太さには、呆れてしまう。
あからさまに、反抗しているというのに、反抗しているという自覚もない。
以前、長野に出張した時、あんなにあからさまな政治家の嘘がなんの咎めもなく通ったら子供の躾ができないと嘆いたけど。
嘘をついてはいけない、人を欺いたり、騙してはいけない。信用を、裏切ってはいけない。
万国共通、どんな宗教でも共通した道義なのだけれど、無自覚に、嘘をついたり、欺いたりするようになったら、人としてお終いだな。

自分がわかってない事を隠そうとすればするほど、わかっていない事があからさまになる。
できない事を隠そうとすればするほど、できない事が明らかになる。
欠点を隠そうとすればするほど、欠点は隠せなくなる。

自分の馬鹿を隠そうとすると、馬鹿は露呈する。
わかりません、できませんというのが死ぬほどいやな人間がいるが、わからない事を、わからないとし、できない事をできないとしない限り、成長は止まるし、組織では障害要件となる。

どうすると言ったら、実際にどうするかを聞いているのに。
今の説明で相手は、わかると思うか。納得させられるか。
今の指示で部下は仕事ができると思うか。
部下が仕事ができるようにするのは、上司の責任。

個人的に人の欠点に同情するのはいいが、それを、自他ともに認められなければ、チームワークは破綻する。チームワークは、冷徹さが求められる。

明らかに、矛盾しているとか、できないことを指示するのは、嫌がらせに過ぎない。
言ってることをわかるけど、どうしたらいいかわからないのは、説明した事にはならない。

困るのは、指示を聞いた時点ではできると思ったかとや、肝心な事が欠けているのに気が付かない。
或いは、言いそびれた。
特に、期日。期日のない指示は、指示としての要件を満たしてない。
また、主語、述語のない指示も、指示としての要件を満たしていない。

これは、説明も同じ。
地域戦略をこのように立てたでは、主語、述語がない。
〇〇が、✕✕の意見を聞いてこのような地域戦略を立てたと説明しないと、後の仕事に繋がらない。
肝心なのは、地域戦略に従ってどうするかで、その場合、誰に、どのように指示するかが問題なので。
単に、地域戦略を立てたでは、後が続かない。

指示命令は、きちんきちんと要件を満たすように丁寧に出す習慣を持つ。