男女平等というのには、二つの思想があって、一つは、すべての条件、評価、仕事を男女対等、同等にしようという思想で、もう一つは、男女の差を認めた上で、積極的に女性の利点、長所を評価して、結果的に男女の格差を失くすという思想。
無論、女性のリーダを否定しないし、ヒミコ伝説にあるよう、日本は本来女系だったと言われてる。
自分は、後者の立場に立っている。
なぜなら、前者は、結局、女性の男性化でしかなく。
女性である部分を切り捨てることになる。
基本は、男性社会と変わりなく。
女性に男性と同じことを強要し、負担やストレスを増やす事のなる。
もう一つ重要なのは、これまで、女性が担ってきた消費労働、出産、育児、家庭教育、介護、家事、家政を全否定することになる。
それは、これまで女性が担ってきた仕事を不当に低く評価することになる。
しかし、それが、現代社会に深刻な問題を引き起こしている。
本来、経済は生産と消費が両輪で、生産労働と消費労働は表裏の関係にある。
ただ、消費労働は、非賃金労働、家内労働とだという事で、仮に、強いて賃金換算したら所得の全額に相当する。
前者の立場に立つと女性的部分の全否定につながりかねない。
後者は、積極的にかつて女性が担ってきた仕事、出産、育児、家事、介護を受け持ち補助する部門を組織の中に最初から組み込む必要がある。

女性と男性が本当に平等になるためには、相互に認め合い、尊敬しあう事が肝心で。
特に、母である部分を犠牲にするようでは、真の平等など成り立つはずがない。

女性として、妻として、母として幸せな生活が築けるような社会こそ、本当の、男女平等社会で。
それは、女性が自分達の考えで経営に参加できない限り、実現できない。
男だけの考え、都合だけでは、無理である。

主婦というのは、大変な労働を担ってきていながら、奴隷的境遇に置かれていたことが最大の問題で。
その証拠に家内労働の外注化が始まり。それが、社会や家庭の崩壊を加速している。
料理ひとつとっても外食中心の生活が、いかに非効率で不経済か。
しかも、どんな一流レストランでも、メニュ以外の料理は、出せないし、おふくろの味にかなわないとしたら、いかに女性の仕事が偉大だったか。
男は、それに気がついかれては困るのだ。

働いている女性が一番に負担を感じるの家内の雑事。
そこを何とかしなかぎり、女性に犠牲を強いる結果になる。

男の仕事、女の仕事と決めつけるのではなく。

ただ、女性にとって働きやすい職場なんて男にはわからないよね。
女性の視点で考えないと
結局、男の都合に合わせろという事になる。

買い物の補助とか、郵便物の受け取り、子供の世話、家屋の管理といった仕事。
家事というのは実に多岐に渡り奥が深いし、家計はそれ以上に難しい。
消費労働というのは、複合的で高度な知識や技術が求められる。
その一部分を取り上げて、ああだこうだ言ってもね。
女性が自分の仕事に専念できるようにするためには、ちゃんと仕事として、家内を、補助できるようにする必要がある。無論、伴侶の協力も必要だけれど。
まだ、家の事を会社の人に頼みにくい、それは、私用と考える風潮が強いからね。
でも、僕は、職場の中で育てられたから僕らの世話を社員がかわるがわるみてくれたし。
母は母で、社員の面倒を当たり前にみてきたからね。
僕にとってはそれも仕事でしかない。
母の手伝いに家政婦さんを頼むのも何の違和感もない。
会社が、家政婦やベビーシッターを雇うのもね。

女子事務員なんて言葉があたように、事務は女性の仕事みたいな暗黙の取り決めがあって、それで、事務を不当に低く評価するみたいな。
でも、事務は管理だよ。だから、管理職は事務方の方が向いている。
また、事務は、間接部門で、現場、現業は直接部門みたいな。
今日、情報通信技術が発達し、それまで、間接部門とみなされてきた部門が限りなく、直接部門に変質してきた。
それを思うと、直間比率なんって考え方も見直す必要がある。

生産と消費は表裏一体、経済の両輪とするなら、少なくとも、男と女は折半の役割を昔から果たしてきたんだよ。
そういう視点でね、見直さないと、本当に、女性の働きやすい、働き甲斐のある職場なんてね、絵空事になってしまう気がするね。
男は、僕も含めて男尊女卑的傾向がある事は否定しないよ。

男でも、女でも、だめな奴は、だめ。優秀な人は、優秀、だから、人物みてね。公平な評価ができる仕組みを作る。
そうとしか言いようがないね。
男の僕には、やっぱり限界があった。
それは、率直に、潔く認めるよ。

少なくとも、女性が自信と誇りをもって働ける職場。
そういう会社にしないとね。

海外の女性リーダーは、ファッションリーダーでもある。
そういう部分って大切だよね。

男とか、女とかいうけど行きつくところは、現実の問題だよね。
女性と一言で言うけど、うちには女性社員という名の社員は、いないので、一人ひとり、事情も、能力も、条件も違う。
一人ひとりの問題に向かい合わなければならないけど、その時、男性の都合よく解釈するようでは、抜本的な解決はできない。
例えば、これは、男の仕事、女の仕事と暗黙の決め事があって、不当に女性の仕事とされてきた仕事が低く評価されてこなかったか。
そんなつもりはなかったというのは、男の言い分で、言い訳だよね。
現実を見ると、率直にその間違いを認めないとね。
でも、認めたとしても、改善しなければ意味ないからね。

年寄りで男の俺が、旗を振っても、説得力もないし、実現も難しい。
だから、バトンタッチするしかない。
その上で、初心原点に返って勉強をし、やり直し、そして、次の人達を陰から支援する側に回れば、役に立てるだろう。
そう覚悟をした。

少なくとも、男は、母親にはなれない。
これは、決定的な事なんだよ。