自分が置かれている状況を、どうとらえるか。
何が問題か。
現状をクリヤする為に、どのようにアプローチし、どうクリヤするか。
ゲーム感覚だよね。
何が障害なのか。
自分の手持ちアイテムは何か。
どう突破するか。
「問題だ」で止まってしまったら、ゲームオーバーだよね。
それじゃつまらないじゃない。
障壁や、障害はつきものじゃない。
それをどう突破するかが面白いので。
障害や障壁のないゲームなんて成り立たによ。最初から。
どこを、どう切り崩していくか。
どこにアプローチするか。
一つひとつ突破していく事を考えるべきだな。
楽しみなさいよ。
諦めたらお終い。ゲームオーバー

会議の直前に報告に来る人が多いのだけれど。
業務上の会議、特に定例会議と言うのは、中継点であり、通過点だと言う事を忘れないでほしい。
会議が単体で成り立つと言うのは、まずない。
仕事の会議で、会議が単体で成り立っているのは、儀式やイベントの用の会議だけれど、その場合も、会議は多くの作業のパーツの一つに過ぎない。
会議は、会議単体ではなく、パーツであり、前後の作業、仕事の全体の中でとらえないと、会議の設計、また、会議で何をすべきかを理解する事はできない。
会議が、通過点。中継点と言う事は、前後の作業前回の結論次回に何をするのかの目安が鍵を握っている。
通過、中継点だといことは、終点であり、始点でもある。
この点を正しく理解していないと、直前で何を報告し、確認すべきかが理解できない。
注意すべきなのは、直前の報告は、確認であり、次の会議をどうするかにある。
なぜなら、会議が、通過点であり、中継点だから。
作業の経過を報告し、次に向かって指示する事が、最終的な目的だからである。
そのために何を決め、また、どうしてほしいのかを打ち合わせるのが直前の打ち合わせである。
また、会議で出席者に何を期待するか。どうしてほしいのか。
これも勘違いしている人、多くいるが、仕事上の会議は全員が何らかの役割がある
基本的に部門の代表者であり、また、中継者だから、自分が代表する部門に帰ったら、会議で報告された事、自分が担当する部門への指示を伝える役割がある。
故に、会議に出席する前に、八、九分の打ち合わせは終わっていなければならない。
重要なのは、会議が終了後、何をすべきかだからである。
会議中に配布される資料は限られている。
なぜなら、会議中に検討できる情報量は限られているからである。
会議では、基本的に確認が主で、資料の検討は事前に終わらせておく必要がある。
会議に出席する者は、全員、何らかの役割を担っている
故に、会議を欠席をする者は、代理を立てるか、事前に委任しておく必要がある。
会議は討論会ではない。
会議は、話し合って何かを決める場だと思い込んでいる人がいるが、仕事等の会議では極めてまれで、基本的に、報告、確認、指示を目的とした場であることが多い。
決定も、討議決定ではなく。
決定権者をあらかじめ定めておいて、決定する場合が多い。
そうしないと決められない。
仕事には流れ、プロセスがあり。
そのプロセスの中で会議の役割をとらえないと、自分の役割も、前後の作業も理解できない。
だからこそ、会議に位置づけが問われるのである。
会議で決めるのだから、事前に、何も打ち合わせしてはならないと誤解している人がいるが、会議だけで決められる事はほとんどなく。
会議前に、総ての議題を、ある程度 煮詰め、各々結論を出しておく必要がある。
決める必要がある事もある程度、的絞っておかないと結論が出せる状態にならない。
会議で議論が始まったら、事前に決めるための手続き、ルールが決まっていて、周知されていない限り結論は出せない。

試合の結果は、読めなくても。試合に至る過程に作業は読める。
    
出席者の役割がわからなくなったら、相手の背後を観ろとも言われた。
相手の背後と言うのは、相手の何を代表してきているのか。
また、相手は、どんな作業をしてきたのかを見れば、自ずと相手の役割がわかる。
相手の背後が見えない。またはない者は基本的に会議に出席する必要がないものと判断する。
会議には、用のない者、余計な者は入れるな。場是ならば、無用な者、余計な者は、無責任だから、会議の破壊者になる。
故に、会議の出席者は、最後に「ところで、私は、何をしたらいいんですか」と質問をする権利がると心得ていていればいい。
その時点、何もする事がなくても、「とりあえず、今日は話を聞いていればいい」とか、「話を聞いておけばいい」と指示された。
その際も、明確に指示が出されなければならない。
また、一回の会議で結論まで出せと言うのは、乱暴だし。一種の脅迫である。
なぜなら。一回の会議と言うのは点であって線、つまり、時間的な幅がとれない。
作業には時間がかかるので点では、何の仕事もできない。
二回では、ワンステップしか取れない。
通常は、最低、三回を基本とし、ツー・スッテプを原則とする。
ただ、いずれにせよ、一つの会議だけで結論を出すと言うのは、無謀である。

事前に必要な打ち合わせ、根回し、お膳立てをし、必要な情報は簡潔な資料として事前に配布する。
決定権者が結論を出せるように支度をしておくのが最低限の礼義であり。
なんの、事前の準備もしないで結論を出せと言うのは、無茶である。
何の準備もせず。結論を出すのに必要な資料、情報も与えず。代案もなく。お膳立ても根回しもせずに、いきなりその場で結論を出せと言うのは。勘と経験と度胸だけで決めろと言う事で。

学校では、会議の在り方と言うのを何も教えない。
学校でいう会議は、学級会であり、生徒委員会みたいなもので、かなり特殊な会議である事を念頭においておいてほしい。

これも、学校教育の弊害かもしれないが、事前に打ち合わせて、ある程度、答えを出しておくのは、狡い、八百長だと、事前に何の打ち合わせもしないで、ぶっつけ本番で会議を開く。
まともと言えばまともだけど、何も会議のことわかっていない。
会議は試験ではないのだから、いくら事前に打ち合わせしようが、カンニングしようが、確実に結論出す事が重要なので。

無論、中継や通過点の会議だけではなく、会議は、意思決定や問題解決、教育、発表などの会議もある。
問題解決のための会議、教育の為の会議の形にワークショップ等があるが、このような会議は入念に設計されていなければ、うまくいかない。
会議は成り行き任せでは成り立たないのである。