組織は、システムなの。しかも、人でできた仕組み。
設定さえちゃんとしておけば、指一本で動かせるけど、設定をしなければ、腕力で動かすしかなくなる。
しかし、腕力で動くほど組織はやわにはできていない。
百人程度の組織でも百人で構成されたシステムだから、腕力で動かそうとすると、ものすごい体力が必要となる。負荷がかかる。
胸ぐらをつかんで、俺の言うこと聞けないかとやらざるを得ない。
組織は、操作を間違えると、そこらじゅうで、ロックがかかるようにできている。
無理に動かそうとするとブレーキがかかる。
組織には、組織を維持する為に、いろんな安全装置が働いている。
しかも、組織は人でできたシステムだから、一度ロックされたら、簡単には外せない。
頑固に動かなくなる。猛烈な抵抗を覚悟しなければならない。
組織は、人でできた、システムであり、情報系だという事を忘れない。
組織を動かすためには、どの様な経路、どの系統で、指示・命令や情報を流すかがカギ。
それを理解していないと、組織は動かせない。

組織は、システムであり、情報系である。
どの経路で、どの系統で情報や指示を流すかによって組織の動きは変わってくる。
指示・命令には、順な流れと逆の流れがある。
上から下、中心から外に向かって流れるのが順な流れ。
下から上、外から内に向かって流れるのは逆な流れ。
トップダウンは、順、ボトムアップは、逆な流れ。
組織は、情報を環流させる事で動いている。
ボトムアップで情報を還流し、トップダウンで情報を流す。
順逆の流れを上手く活用する事によって組織は制御されている。

本来、流れなければならない方向の反対に指示、情報が流れたら、組織は機能しなくなり、最悪の場合、壊れてしまう。
部下から指示されるようになったり。
内部の情報が外から伝えられたりしたら、組織は保てなくなる。

担当者を動かすためには、上司に話が通っていなければならない。
上司の了解を得て、最初に指示しておいてもらわないと、担当者は動けない。
こういう手順段取りで組織は動いている。
手順段取りを定型化したのが手続き。

仕事は時点ではない。期間。時点では仕事はできない。
期間だから、始まりと終わりがある。
始まりと、終わりには、形がある。

仕事にすると言うのは、例えば、打ち合わせをすると決めたとする。
打合せをすると決めてから仕事が始まる。終わりではない。
打合せをすると決めたら、打ち合わせができる様にせよが仕事の命題。
打合せをする為に必要な作業に落とす。置き換える。
打合せが出来るようにするためには、日を決めなければならない。どうやって、だれと。
メンバーを決めなければならない。どうやって誰と。
場所を決める必要がある。
目的も決めなければならない。目的は、独断では決まらない。
打合せをすると決まったら、こっから先が仕事への置き換え。自問自答でもかまわない。

打合せをすると決めたら、
でどうする。いつやるか決まってる。
メンバーは、決まっている。どこでやる。
決まっていないならば、まず、そこから決めないとな。
どうやって決める。
日を決めるにしても、いきなり、何日にすると決められるわけではない。
日を決めるにしても、誰と、打ち合わせるかですよね。
誰と打ち合わせたらいいか、わかってるの。
それすら確認する必要がある。
打合せの日をどうやって決める。誰に決めさせる。
どこから着手する。
手始めというのは、その辺からさ。
この辺の仕事は形で覚える。

例えば、イベントの反省会と言っても一足飛びに反省会ができるわけではなくて、
その前に、下打ち合わせをする必要がある。
打合せの為の打ち合わせと言う具合に打ち合わせが増殖していく。
それを一つひとつ、潰していかないと仕事にならない。
根気のいる仕事なんだ。

反省会は、誰の指示でやるの。
誰から、どういう指示を受けた。
その辺を確認しておいた方がいいな。
それによって、メンバーも、目的も変わってくるからな。
当然、落としどころも変わってくるし。
落としどころを考えてある。落としどころ間違うと、次がなくなるからね。
問題は、誰に何をやらせるかだよね。

こんな具合に詰めていくんだ。

仕事は皆でするの。一人で結論を出して、一人で資料作ったら、皆の仕事はなくなるの。
反省会を主催する者は、誰に、何を反省させて、反省会で何をさせるか、どの様にさせるのかを、資料はどうするのか等を、最初の打ち合わせまでに、考えておかなければならない。

打ち合わせときますとか、
打ち合わせる日が決まりましたで終わらせたら、仕事にはならないからね。
そこから、詰めて、詰めて、仕事にしていく。
問題なんだからな。
担当者をいくら集めても事前に上司に話が通っていなければ、仕事にはならない。
個人的な意見しか聞けなくなるし、それは、それで上司の立場がなくなる。
だから、担当者は、何も言いようがなくなる。
手足を縛って殴っているようなものだからね。
全ては連係プレーだからな。

会議は発表会ではない。
会議、打ち合わせの目的や役割、働きを正しく理解する。
会議、打ち合わせは、仕事の開始と終了を明らかにする。作業と作業の中継をする。
開始と終了以外は、繋ぎのイベントになるから前後の作業がある。
前処理と後処理がわかっていないと、打ち合わせにならない。

例えば、俺が紙に反省点を箇条書きにして、皆に配ったら、それで終わりだし、終わってしまう。
紙に書かれたものを、一回、読んだくらいで、反省できたら苦労はない。
誰に、何を、反省させるか、それを打ち合わせて、どうしたら、それを次につなげなれるか。
ここは、まずかったね。もう少しうまくやれたらねで終わったら、反省会なんてやらない方がいい。
くやしいおもいをしたら、その悔しさをバネにして次につなげなければ。
何だって謝らせればいいというのではない。
まず反省会の前打合せと、反省会が終わった後の事後処理がどうなっているのかを確認しないと、反省会は、反省しただけで終わってしまう。
それでは何の意味もない。

現場の担当者会議だって、事前にどこまで上司と話を詰めてあるかが、鍵となる。

中心に入るように、中心をとるように立ち回らないとだめだよ。
自分の力で取りに来なければ。協力してくれないのも当たり前。
理解してくれないのも当たり前。
それは、どこへ行っても同じ。
自分から飛び込んでいかない限り、いつまでたってもよそ者扱いだからね。
そこをどう攻略するかだよ。自分で攻略するから、自分のものになっていくんだよ。切り拓くんだよ。
おもしろいとおもわなければね。
実際、面白いじゃなてか。
簡単に入り込めるんじゃあ。ゲームと同じさ。簡単にクリアできるゲームなんて簡単に飽きるだろ。
難攻不落だからさ。面白いんだよ。

ルールを作っただけでは、ゲームはできない。
ルールに則って実際にゲームをやってみなければ、ゲームは実現できない。
ルールを作ることが目的なのではなくて、ゲームをする事が目的なのだ。
ゲームは、やらない事には、実現できないのだ。
頭の中でこねくり回すだけでは、ゲームは実現できない。
ゲームは現実なのである。