なぜ、予算を作るのかわかっている。
単純に数字合わせをすればいいという訳ではないでしょ。
そりゃあ、帳尻合わせようとしたら、一人でやれば早いよ。
でも、それでは、予算を作る目的が果たせないでしょ。
ただ、予算を作ればいいという訳ではないよ。

帳尻だけ合わせようと思うならば、昔と違って、今なら、コンピューターを使えば簡単にできるよ。時間も、人手もかけずにね。
それでいいんだったら、コンピュータで予算を作るさ。
でもそれでは、予算を作る意味ないでしょ。
予算作成は、プロセスが重要なの。
予算を編成する過程で、皆に共通認識を持たせ、教育をし、体制を作り、実践の準備をさせる。要するに、トップの考えを聞き、確認し、皆で打ち合わせをし、自分達で考え、計画を立て、組織化し、学び、準備する事に意義がある。
コンピュータにお任せしたら、本末転倒だろ。
目的が見失われてしまう。

予算は、神経を全身に張り巡らすような作業。しっかりとした予算が出来ていなければ、半身不随な状態と同じ。

販売をする者が、市場を調査し、収支を計算し、計画を立てられるようにする。
経理を担当する者が、収支の見通しを立て、資金の回収を計画し、決算の準備をする。
人事が人件費を計算し、人員計画の方針、考え方を作り、勤怠管理を予定し、それに基づいて予算化していく。実際に、どれくらいの人数が必要なのかは、人事だけでは把握しきれない。
そのプロセスを全員が共有する事で、一糸乱れぬ行動ができる体制を作り、実施段階の準備をしていくことが予算編成本来の目的。
そうやって編成した予算だからこそ、予算管理、予実績管理する時に役に立つ。
予算編成を機械化してしまったら、意味ないだろ。
何故なら、組織を動かすのは、人なのだから。
機械に仕事を奪われると怯えるのは、自分の所業の影、怠慢を棚に上げて怯えているだけ。

軍隊が無制限に拡大するのは、軍人が味を占めたかにさ。
戦略なき軍隊が怖いのは、経済が優先するから。
経済が優先されて財政が破綻したり、戦争されたりしたら、つけを払わされるのは国民。
戦争が始まってから軍隊を作っても手遅れだけど、
何から、何を守るかの根本思想がない軍隊は尚怖い。
軍事を怖れるのではなく。国防をちゃんと位置づけることが先決。

現場の支店長は、自分の支店が儲かっているのか、儲かっていないのかもわからないで、支店を経営できると思っているの。
社長は、会社が赤字だったら責任を問われるのに、支店長は、自分の支店がいつまでも利益を上げないで給料をもらえると思う。そういうのを月給泥棒というの。
だから、予算制度がない時だって、現場支店長は、自分の支店が儲かっているかどうかなんて計算していたの。上から言われなくてもね。
ただ、それでは、独善的だし、全体の統制もとれないから、全社的な予算制度が作られた。
自分の支店の業績に無関心なんて支店長以前、人間として失格だよね。
それってただ単に会社に寄生しているだけだからな。
無責任。支店が儲かっていないのに、給料だけは上げてくれなんてよく言えるよ。

現場支店長は、先ず、自分の支店をどう経営していくかの構想を持つ。
誰に、勤怠管理を担当させ、誰に責任を持たせるか。
誰に、営業を纏(まとめ)めさせるか。
誰に、経費を管理させるか。
誰に、倉庫や配送を任せるか。
そういった体制やチーム作り、駒組を予算編成する過程で組み上げていく。

最初、自分一人では大変だと思ったら、代理なり、副なりを決めて相談しながら構想を固めていく。
勤怠を管理する責任者を決めたら、その責任者の意見を聞いて次、の期の方針と担当を決める。
担当は、一人とは限らない。作業に応じて担当を置けばいい。
勤怠管理なんかは、支店長が責任者になって、別途、担当置く形でも構わない。
ただ、なるべく単独で管理するのは避けた方がいい。
なぜならば、相互牽制、チェックが利かなくなるから。
一番、怖いのは、自分だよ。
心の隙や、気の迷い、出来心は誰にもあるさ。
第一、自分一人で管理も担当も兼ねたら大変だろ。パンクしちゃうよ。

現場の体制に合わせてセンターの責任体制も作っていく。センターの責任者は、個々の項目を誰に、管理させるかを決める。次に、個々の担当と打ち合わせて管理方針を定め、それを全社方針として全体に示す。
これは経費管理なども同じ。個々の管理項目ごとに体制、手順を決めていく。
センターの体制が出来たら、センターの部門長は、先ず、誰を、個々の予算の責任者とするのか、誰に、担当させるのかを、現場責任者に、問いかける。
責任者と担当者が決まったら、次に、責任者から方針を聞き、詳細については、センターの担当者と現場担当者間で詰めさせる。方針は、責任者間で詰める。
こうする事で、実際に、仕事をしていくうえでの体制を組み立てていく。

例えば、勤怠管理については支店長が責任者で、事務課責任者を担当者とした場合。
先ず、センターの責任者と現場責任者間で方針に関して打合せる。
センターは、全体の方針を、現場責任者、現場方針をトップにそれぞれ上申する。
そのうえで、各責任者は、トップの面前で調整し、最終的決済をトップを仰ぐ。

方針が定まったら、個々の責任者からそれぞれの担当に指示をして実際の作業に入る。
詳細に関しては、担当者間で打合せさせ、必要に応じて責任者で調整しながら、定期的にトップに経過を報告する。
営業のような場合は、誰に、営業を纏めさせるか、責任を持たせるかを指名する。
その上で、予算の作り方を責任者と検討する。ここが肝心。
この段階で、支店長と責任者との考え、方針を擦り合わせて一致させておく。
支店長と現場責任者の考え方が食い違うと最初からブレてしまう。
ボタンを掛け違うと最後まで嚙み合わなくなるよ。ここは多少時間をかけても入念にする。
その上で、予算の何を、誰に立てさせるか。

どの程度任せるかによって、支店長、責任者の互いの考えを確認していく。
例えば、目標を誰が、どの様に立てるか。どこまで任せるのか。
販売計画は、誰がたてるか。
行動管理は、誰に立てさせ、誰に管理させるか。
商品企画はどうするか。
販促活動は、担当を決めるのか、皆で相談して決めるのか。

その辺のアウトラインが決まったら、それぞれの仕事毎に予算の担当も割振っていく。
こうする事で、実際の仕事の段取りと責任体制を組んでいく。
この様にして実際の仕事と予算とが連携できるようにして全体の組織を制御していくのが予算制度の本来の目的。
だからこそ、予算は組織的に作る事に意味がある。
一つひとつを予算を絡めながら、実際の場面を想像しながら、予行演習をする。

人間が手間暇かけて作る事に予算の意義があり、面倒臭いからAIに換わってほしいという支店長、部門長がいるなら、支店長、部門長も機械にするからそのつもりでいろ。
自分が機械にも劣ると認めるならそれはそれでいい。人間をやめるのだな。
AIは道具に過ぎない。
自分の怠慢を機械の性にするのは愚か者のする事。

過去のやり方をただ踏襲し、前例にとらわれていたら、過去の亡霊に踊らされるだけだよ。
自分達が、これからどうしたいのか。
どういう情報を必要としているのか。
どういう会社にしたいのか。
自分達の構想、考えがなかったら、そんな、予算、形骸、屍(しかばね)みたいなものだぜ。
腐りきっているよ。ゾンビみたいな予算は作るな。
美味いくやる事より、新鮮な気持ちこそ大切にしろよ。
予算って生々しいものだぜ。