世の中には嘘と欺瞞、方便であふれている。

たまに、嘘偽り、方便でなく、熱く、本音で話している人がいても。
誰も、素直に話を聞こうともしない。
要は、本音だから怪しいと。
現実は、嘘ばかり、本当のことなど信じられないとひねくれた事を言う。
嘘偽り、方便なんかじゃあない本音だからこそ本物なんじゃあないか。
飾り気のない素だから信じられるんではないか。
そう言っても素直に信じられない。
素に戻ろうよ。
素を出そうよ。
自分を隠してもしょうがない。

泣いていいんだよ。怒っていいんだよ。腹から笑おうよ。
喚いていいんだよ。叫ぼうよ。
下を向いて黙るのはやめようよ。

俺達は、後輩たちに、諦めと失望しかの残せなかった。
反ベトナム戦争や学園闘争で、先輩たちは、熱く戦ったけど。
壊すだけ、壊して、何も新しい事を創造してこなかった。
それを見て、後輩たちは、何も変わらじゃないと、諦め、無関心、無感動、無責任、事なかれ主義、日和見主義に走り。
何事にも懐疑的で、何も信じようとせず、醒めて、醒めて。
ひねくれて、投げやりで、世の中を舐めてかかる。
どうせ何やったて変わらない。
結果は見えていると。
やる前から諦めている。
いじけたり、すねたり。

だから、素直に、信じたり、熱中するなんて馬鹿々々しいと。
人は、欲でしか動かないと。

それは間違いだし、何も信じられない、熱中できない人生なんて生きるに値しない。

今の若者に必要ななのは、本当に信じられる事、熱中できること。
信じるんだ。熱くなるんだ。

今の若者に必要なのは、諦めでも、失望でも、不信でもない。
希望だ。

熱くなれ、熱く語れ。

醒めたこと言うなって、怒られたものさ。
何様だって。
やってみなければわからないだろって。
突っ張るなら、突っ張りきれと。
いい加減で諦めるなら、最初からするな。
始めたらやりきれと。

一度始めたら、やりきれ。
正しいと思ったら言いいきれ。

俺は、私は綺麗と思っている人を美人だとは思はない。
どうせ、私は醜いと諦めてる人も美人とは思はない。
美しくなろうと努力している人を美しい。
じゃあ、美とは何か、その人の内面に合って外ににじみ出すもの。
ただ、外見を装ってもいつかは、崩れてしまう。
不思議なもので、自分の力を発揮している人はキラキラと輝いてみえる。
それがとまぶしくて、美しい。
自分を、出せない人はくすんで見える。

だから、熱くなれ、熱く語れ。
自分を飾らず、その自分をさらけ出せ。
自分の本性なら恥じる事は何もない。

温かく作っててくれた料理、スープとか、ラーメンとかをだよ。
わざわざ、冷たく醒まして、挙句、冷凍庫みたいなところに入れてこちこちの凍らせて、それで食えないもないだろう。
温かいうちに食べろ。皆に提供しろ。
ほんとね。三無主義世代は、斜に構えて、世の中、斜めに見て。いつも醒めて。
どうせ何やっても、変わりませんよ。
俺達なんて、この程度の人間で。
何でもそこそこ、適当、いい加減。
熱くなるなったところで誰もついてこない。
何一人で粋がっているんだと。
なるべく、面倒な事、難しい事避けて。
kyさ。
失敗して、信じて、自分が傷つくの嫌だから。
自分が頑張ってんモ、誰も、助けてはくれないし。
世の中、冷たいよ。
仲間や友達、信じたところで裏切られるだけ。
人間なんて醜い。
結局、損得、金さ。
そう言って、氷の如く、醒めて、凍った人生をだよ。
送れと。
ふざけんなっていうの。
南極や北極に住むより。
ハワイや、グアムみたいな温暖な所に住んだ方がいいだろう。
熱くなれよ。熱く。
燃え滓、不完全燃焼な人生なんて送るな。
命は、あったかいんだ。
凍った心を溶かせ。
特に、若者の心を凍らせるな。
今の若者に必要なのは希望。
諦めや妥協なんかではない。
希望はその人の内にある。
他人に求めても得られない。
あこがれるくらいなら、自分を愛せ。
情熱、熱狂。いいじゃないか。
温かいものは温かいうちに出す。
さめたら温め出せ。

人は、欲だけで生きていると言いたいのか。
信じさせたいのか。

そんな事をしたところで、若者たちに、何の貢献もしない。
毒になるだけだ。

欲は必要である。しかし、欲が全てではない。
欲だけでは自制できなくなるからである。

欲によって人は生かされる。
欲がなければ人は生きられない。欲は、人を生かす。
しかし、欲を抑制できなければ、人は自制(自己制御)できなくなる。
人は、欲によって生かされるが、同時に欲を制御できなければ自滅する。
何によって、欲を自制するか。
自制心は、自分のうちになければ、自律できない。
故に、自制心は内面の規範に基づく。
しかし、欲は、自己の内と外の関係によって生じる。
故に、自己を超越した、普遍的存在に根拠を置かないと安定しない。

欲は、自分の内にあって、外界に働きかけようとする動機、或いは、力。
故に、欲は、自分の内と外の関係によって形成される。
欲には、自分の肉体の欲求から発生する欲と意識の欲求から発生する欲の二種類ある。
肉体から発生する欲は、食欲や性欲といった物欲、意識から発生する欲は、名誉欲や自己顕示欲、権力欲等の精神欲。

人は、自分の力で欲を制御できなければ、我を忘れて、強欲、貪欲となる。
つまり、欲が暴走し、自分を抑えられなくなるのである。

何によって欲を制御するのか。
欲は、内的規範と外的規範相互作用によって制御する。
内的規範は、道徳とか価値観を指し。外的規範は法や規則をいう。
内的規範と外的規範は、経験を通じて、常、整合性をとるように調整される。

内的規範と外的規範は、各々独立して存在しながら、一体化、統一しようとする力が働いている。

つまり、欲は、内面の規範と外的規範の相互作用によって制御する。
内面の行動規範、道徳、信仰と、外的な規範、法や掟、礼儀などの相互作用によって欲を抑制する。

内面の規範と外部の規範は一人ひとりの行為、行動、経験によて形成され、修正される。
それが公と私を分かつ。

禁欲でもなく、快楽主義でもなく、いかに欲を制御するかが、課題なのである。
欲は、罪の動機となるのである。