俺はね。十年先、二十年先を思い浮かべてね、部下を育ててきた。
今でも、そうだよ。いつも、一人ひとりの十年先の姿をね、思い浮かべながらさ。
わかってもらえないかもしれないけれど。
十年先を見ていないと今何をすべきかがわからない。
そして、十年前は、どうだったろうと考える事で今の成長を知る。

人育てるという事は、成長を知る事だからね。

ところがいつの頃からさ。時間が止まってしまって。
指導的立場にものが、今しか見ないようにねなってしなった。
今しか見ないから、今が良ければいいじゃないなんて、刹那的になる。
でもそれでは時間が止まってしまう。
俺は、好意や親切心で人指導しているわけではない。
その人の未来を見ているだけさ。
それも理解できない人は、人を教育するなんてできない。

俺は、好意や親切心で指導している訳ではないの。
十年先、二十年先を見ているから、今、ここで何を学ぶかを考えている。

今の、部門長だって、ベテランだって、中堅だって、若手だって、十年、二十年たっても今と変わりがないのではね。
今しか見えなくなったら時間が止まったしまう。
その時から老いは始まる。

今の若い子は、可哀そうだし、哀れだ。
自分達が親身になっているのを、好意とか、親切心としてしか理解できない。
哀し事。
どの国だって若者を親身に育てるのは、当たり前だし。
それは、好意や親切心なんかではない。
強いて言えば、愛情だけど、何よりも一緒に生きていく為に。
そして、自分たちにとって大切なものを守るため。
それを、家庭でも、学校でも教えてもらってこなかったのだろう。
さぞ、孤独な。
我々が子供の頃。助け合って生きていくこと。一緒に生きていくことを親からも、地域の大人たちから、学校の先生や先輩たちから教え込まれた。
それが、祭りであり、寄り合いだった。
東京の下町だって、義理と人情と。
親たちは、一人前の大人と自律するために、社会人として生きていけるようにと。
あたり前と言えば、あたり前に、近所付き合い、挨拶の仕方、礼儀作法を。
今は、それを躾ける人もいないまま、社会に放り出され。
厳しくされた事も、親切にされた事も、人の好意を受けた事もないままに。
だから、厳しさも、親切も、好意も、どう受け止めていいかわからないで引きこもる。
人はね。助け合い。信じあわなければ生きていけないんだよ。
一人では生きていけないんだよ。
だから、困っている人を見つけたら親身に世話をするのは、一緒に生きていく為に当たり前だと思わなければ。
下心があるのではなんて、心が貧しい。
困っている人がいたら声をかけなさい。
見て見ぬふりはするなと親から厳しく躾けられた。
周囲の目を気にしておどおどするくらいなら。
困っている人を見たら世話を焼いたほうがずっと気が楽さ。

基本を身につけなければ、成長なんてできない。
目的や方針を明らかにするのは、目的や方針が明らかにしておかなければ、仕事の段取り、つまりは、仕事を始める事ができないので。
組織で仕事をするためには、最初に役割分担をしなければならない。
ただ、これを口で言ったところで理解はできに。
実際に、仕事をしている中で覚えていくことで。

目的や方針に意味も大切さを理解できなければ、仕事ができないから。
理解できないのは承知の上だけど。
指導する側の人間が、それを、理解しないっで、どうでもいいとか、鬱陶しいとか、面倒くさいとかとか、無駄とか、余計な事と言ってるようでは、
絶望的だよ。
先ず、自分たちが目的や方針の意味を理解しないと。
マニュアルに、目的と方針を明らかにすると書いてあるからといって。
目的や方針を明らかにできるわけではない。
その時そのとき学んでいかないと。

剣道を修得するためには、一本取りに行かねば駄目だし。
撃ち込んでいかなければ、一本は取れないからね。
結果を出すためには、挑んでいかなければ。

成長していく為には、
時を止めては駄目だ。
一日いちにち、一歩一歩前進しなければ。

外から眺めていては、事態は打開できないよ。
一歩踏み込んで、内に入らなければ。
勇気を出して。飛び込んでいかなければ。
自分の人生は、自分でつかみ取るしかない。
いつまでも若いと思うな。
若さは取り戻せない。
若い、今だからこそできる事がある。
忘れるなよ。

仕事は生活がかかっているんだから、そんないい加減な気持ちでなく。
基本から真剣に学べといったところで。
所詮金儲けでしょ。手っ取り早く必要なことを覚えたら、後は、なるべく時間をかけず、無駄なことはしないで、適当にやればいいんです。
それが効率的なんじゃあないんですか。

剣道なんて、唯、竹刀を振り回して、面だの胴だのをとればいいので。
礼とか、構えと言った基礎などどうでもいいので。
無意味だし、面倒だし、とにかく、試合をしましょうと言われてるようなもので。
野球だって、ルールなど適当でいいから、皆で楽しめればいいので。
公式と、非公式なんて、どっちだっていいじゃないですか。

昔からの付き合いのお客さんの二代目なんかと接すると。
嗚呼、みんな成長したなと。
お父さん亡くなってどれくらいたつのと十年ですと。
嗚呼、もう十年もたつのか。昨日の様に思えるけど。
皆ね、大きくなったなと。この十年で。

十年前と今とを引き比べるとね。
成長の差は歴然となる。

僕が深刻に思うのは、うちの連中がついていけてない。
ついていけていないのに、上から目線で。

だからどうするって。
どうしますって誰もいってこない。
この先ガスだけで食っていけるかどうか。彼らなりに考えているさ。
だから一緒に取り組む気があるのかという事が一番、気にしているのに。
なのにこちらの時間が十年も、二十年も止まっているのだから。
今、激動の時代なんだよ。
時間を止めたらあっという間に取り残されてしまう。
ただでさえガラパゴスと言われているのだから。

十年一日のごとく生きたか。
毎日まいにち、仕事を責任をもってやり遂げてきたか。
その差なのかな。