いつの間にか。
いつの間にか。
遠い記憶になっていく。

かすかな記憶でしかない。
でも、時折、どこからともなく声が聞こえてきて。鮮やかによみがえる。
兄貴たちの声。親父の声。恩師の声。伯父貴の声。お袋の声。

ざわめき。

何をやってんだお前。

お前は、江戸っ子なんだ。
江戸っ子は、曲がった事がでえ嫌いなんだ。
何でもまっつぐに行け。
真ん中を歩け。端なんか歩くんじゃない。
胸を張れ。下向くんじゃねえ。
お天道様の下を歩けないような事はするなよ。
ええ、じれってえな。江戸っ子は気が短いんだ。
せかっちなんだ。
もたもたしてたら、日が暮れちまうよ。

半端な仕事はするな。
なんでも、始めるのはいいが、始末は自分でつけな。
ぱなしは駄目だ。ぱなしは。
始めたらやり抜けよ。
後始末が出来なければ半人前だ。
始末がつけられないなら、最初からするな。
始末が悪い。後腐れを残すな。
逃げたらだめだよ。逃げたら。投げ出すなよ。
お前は、江戸っ子なんだ。

借りたら返す。貸し借りはするな。
ケチな事はするなよ。

二本差しが怖くて道が歩けるかっていうの。
相手が誰であろうと通すべき筋はとおすものよ。
それが江戸っ子の心意気というものよ。

江戸っ子は粋でなくては駄目。
粋っていうのはさ、人が見てないとこで洒落ている事さ。
目立つ事して大仰に騒ぎ立てるなんて野暮な事さ。

くどくど、うるせえな。潔くしろ。
たったたと決め。とっととやる。
江戸っ子は回りくどい事が嫌いなんだ。

いつまでも、昔のことウジウジ云うんじゃあないよ。
江戸っ子は、気っ風がよくなけれゃ駄目だ。
厭な事はさっさと忘れてな、前を向いて歩かなきゃあ。

江戸っ子は、筋の通らない事を許しちゃあならねえ。
ふざけた事、抜かしたら啖呵の一つも切ってやれ。
啖呵の一つも切れなかったら江戸っ子の名折れだ。

尻をまくるのはいいけど、始末は最後まで自分でつけろよ。
自分の尻は自分で拭け。
江戸っ子は逃げたらしめえだ。
半端に投げ出したら江戸っ子の風上にも置けない。

そういえば、親父は原理原則って口癖のように言っていたな。
それで。原理原則って何と聞いたら。
そりゃ原理原則さだって。
つまり、原理原則というけれど、前提条件や状況の変化によって変わるという事かな。
決まりていやあ、決まりだけど。
時と場合で変わるというの。
それは、その場その場で経験して覚えていくしかないって言いやがる
要は、原理原則というのは、人として当たり前な事。
だから、外しちゃならない人の道。
恩や義理、人情。
そいつが、原理原則なんだと一人合点した。

人様が困っているのを見過ごしちゃあだめだよ。
世の中は、お互い様なんだ。
お互い様、お陰様、お世話様って助け合って生きていかなけれゃあ駄目だ。
狭い了見じゃあ世間は渡っていけないよ。

義理を欠いたらいけないよ。
義理を欠いたら世間が狭くなる。
恩は忘れるな。恩知らずにはなるなよ。
お天道様は見てるんだからな。

江戸っ子には、江戸っ子の矜持、心意気てえもんがあらあな。
金がなくたって、貧乏だって、江戸っ子には通さなければならない筋があるだよ。
恩を忘れたら、江戸にいられなくなるからな。

もうどんどん薄れていくけど。
でも、決して失われはしない。忘れはしない。
心のずっと奥底に潜んでいて。
ざわざわと…。
一人きりの深夜などに、暗闇の中から、突然、呼び掛けてくる。
懐かしいような。暖かいような。夢のような。厳しいような。
でも確かに、今も、ここにいる。