ウッカリミスとか、ケアレスミスが命取りなる。
簡単な事こそ致命的なミスにつながる。
ウッカリミスやケアレスミスは、言い訳ができない。反論もできない。
簡単な事はマンネリ化したり、馴れて油断しやすい。
つまり、油断が出て、安易、手抜きをしやすい。
それが、ウッカリミスやケアレスミスを誘発する。
自分の怠慢だから、他人に言えないしダメージが大きい。
ウッカリミスや、ケアレスミスや言い訳ができない。
反論もできない。弁明の余地もない。
自分の怠慢だから。

いい訳ができないから、認めがたいし、責任を転嫁して、言い逃れ様とする。
現実を直視しできなくなり、知らんぷりして逃げ出したくなる。
報告がしにくく、報告が遅れると大惨事を引き起こす。
それなのに、ウッカリミスや、ケアレスミスは、無事に過ぎれば、何でもないので、杞憂に過ぎないと思われがちである。
事故は、起こらなければ、事故として認識されない。
しかし、ミスはミスで、ウッカリミスやケアレスミスは事故の原因であることには、変わりないのである。
事故が起こってからでは遅い。

言い訳ができないから嘘を付く。
やってないのに、後でやればいいと、やってありますと嘘を付く。
わからないのに、後で調べればいいと、憶測して嘘を付く。
確認してないのに多分大丈夫だろうと嘘を付く。
出来ないのに、バカにされるのが嫌で、できますと嘘を付く。
見てもいないのに、叱られるのが怖くて見てきましたと嘘を付く。

何でもない事、簡単な事、いつもやっていることだから嘘を付く。
嘘をついて忘れる。

ミスはミスだが、ウッカリミスや、ケアレスミスは、報告も、注意も難しい。
注意する方も難しい。
なぜなら、ミスを起こした段階では、事故は起こってないからである。
報告する側は、一々報告して上司の不興を買うのは嫌だし。
説明もできない。
つまらない事で、責任を追及するのは嫌だ。
些細な事でやり直しをさせられたら周囲にも迷惑をかけるし。
評判や信用を落としのも心外だ。
出来れば、なかったことにしたい。

注意する方は注意する方で。
細かい事を一々小言を言うのは面倒だし。
周囲の目も気になる。
大概は、杞憂に終わる。
再度点検するのも厄介で。
やり直しとなるとそれだけ負担も増える。
細かい事、注意すると、部下が、逆切れする危険性のあるし。
それで、根に持たれてもつまらない。
どうせ大したことないのだから、できれば、見てみぬふりをしてやり過ごした方が楽だし、賢い。
そう思いがちだから、罠にはまる。

しかし、事故の原因はたどるとそのほとんどが、ウッカリミス、ケアレスミス。
忘れたとか。思い違い。聞き違い。
ずるしたとか。適当にした。いい加減。
決まりや約束、指示を守らなかった。
見落とした。
変化に気がつかなかった。
魔が差した。
甘くみた。確認を怠った。
連絡や報告しなかった。
締め忘れた。点検しなかった。
手順を変えた。間違えた。
伝えなかった。聞かなっかた。聞きそびれた。
そのまま放置した。
集中しなかった。
注意するのを躊躇った。

ウッカリミスやケアレスミスの根っこにあるのは、子供でもできるような、単純で、簡単な事。
だから、聞くのも恥ずかしい。注意するのも気が引ける事。
でもできない人はできない。

若い頃、新入社員の頃なら許されるが、時間を経るに従って許されなくなる。
だから、一定の年齢を過ぎても、常識がない、基本ができていない人は、世間に居場所がなくなる。
簡単な事、当たり前な事だから、注意されると腹が立つ。
反抗したくなる。反発する。
だから、注意する方も緊張する。
注意したら殴られた、極端な時は殺されたりもする。

ウッカリミス、ケアレスミスは、組織の上に行けば行くほど深刻になる。
この点を、シッカリ、理解しておく。
極力、トップに運転をさせないのは、トップの起こした事故と運転手の起こした事故は、影響の及ぼす範囲が違うから。
組織を代表する者が謝る事は、組織が謝罪する事と同じ。
だから、代償が莫大になる。
トップが破廉恥罪などで捕まったら組織の信用が問われる。
日本のマスコミは、何かというと社長に謝らせようとする。
何かというと謝罪会見を迫る。
しかし、謝罪させるなら、誰に対し、何を、どのような根拠に基づいて謝罪するのかを明らかにしなければ、真意は伝わらない。
ただ、謝れば済むというわけにはいかない。
謝った後が、問題なのである。

ケアレスミス。ウッカリミスは、ただ、認めて、ひたすら謝るしかない。
嘘ついたり、誤魔化したり、隠すのが一番悪い。
気がついたら、速やかに、報告する。
早ければ、早いほど大ごとにならずに済む。
正直、結果が出る前なら、解消できるし。
災い転じて福となすこともできる。
エラーをしたって試合に負けたわけではない。
一つのエラーでチームがガタガタになるのが怖い。
ただ、結果が出たら、言い訳できなくなる。

ウッカリミスやケアレスミスは、本当のことが言えない。言わない。
そりゃ、ウッカリしていましたとか、聞いていませんでしたとか、散漫でしたなんて言えないものね。
しかたがないから、言い訳にならない言い訳をしたリ、誤魔化したり。嘘をつく。
それでも一人になると自分を責める。
自分で自分が許せなくなる。
それで目に見えないところで傷口が広がり、化膿してくる。

だから、誤魔化したり、言い訳する事や嘘つくことを覚えるな。
覚えさせるな。言い訳は聞くな。させるなと。
そして、人の注意、忠告は素直に聞く。
自分の怠慢から出たミスを他人の性にするな。
反省しろ。潔くしろ。
そう言い続けられた。

言っておくけど。
些細なミスや、ウッカリミス、ケアレスミスから当人がうけるダメージは、想像以上に大きい。
また、長い間、尾を引く。
真面目な人間ほど大きい。
誰にも言えずに深く、内面に秘めてしまう。
下手をすると人格まで破綻させてしまう。
子供の頃に着いた嘘が、大人になってから、精神をおかしくするなどという事さえある。
鬱の原因をたどると子供の頃に親についた嘘なんて事もある。
こうなると当人だって周囲の人間も気がつかない。
それでもキリスト教徒は、懺悔する事が出来るが、そのような習慣ない者は、誰にも打ち明けられないで内に籠り、悶々とする
しかし、ウッカリミスやケアレスミスは防げない。
聖人君主であろうと犯す。

トップ以外の者は、罰せられもするが、許されもする。
しかし、トップを罰する者も許す者もいない。

ミスする確率が高いのは、トップであり、責任者。
なぜなら、トップは決断するのが仕事だから。
責任者は、責任を負うのが任務だから。

トップが運転しないのは、トップをケアレスミスから守るため。
それでなくてもトップの責任は重い。
だから、ウッカリミスやケアレスミスによるダメージが大きい。
トップ一人の責任でなくなるから。
一般社員なら軽犯罪でも、トップがすれば新聞沙汰になる。
トップが恥をかくのは、組織全体の恥になる。

重要な会議の前に、トップに切符の手配や泊まる処で頭を煩わせてはならない。
トップにトップの役割、働きがある。
なた、責任も重く。影響も広範囲に及ぶ。

ウッカリミスやケアレスミスには、皆が寛容になる必要がある。
お互い様なのである。
お互い様と、面倒がらずに丁寧に、皆で協力して対処する風土を作る必要がる。
だから、法も過失は過失として故意にした事と分けて考えるのである。

もう、一度言う。
大事故、大惨事の根っこにあるのは、ウッカリミス、ケアレスミスなのである。