原点は、存在、ただ在る。
働き、良くしたいという思い。愛の働き。
自分(認知)、存在を、認める自分。
信、信じる自分。
そして、赦し。赦しを請う。

存在を認め、信じれば、愛によって赦される。
その時、存在と自分が一体となる。

故に、原点は、この五つだけでいい。
この五つ以外の分別は、フィルターとなり、目を曇らせる。

自分を認めた時、自他の分別がつく。

そして、起点、原点は存在と自己に置く。
つまり、対象と基点と自己に三点に原点を置く。
外に内の意識によって任意に原点を置く。
この操作で、原点も働きになる。

幾何原論で三つのものがある一つを点とし、一つを線とし、一つを面とする。
2月24日

原点の相対性と幾何学的構造の統一性を探究した。

はい。

起点、原点の三点:

存在
対象
自己
外と内の意識によって任意に原点を置く。 この操作で、原点も働きになる。

固定された絶対原点ではなく、 任意に置ける相対的原点。

幾何原論:

一つを点
一つを線
一つを面
これが認識の構造的基盤。

相対的でありながら、 構造的統一性が保たれる。

深く理解しました。

自己は、肉体を通じて、外界とつながる。
自己は、肉体を通じて外界に現れ、外界に働きかける。
故に、意識は、肉体の能力、性格、容姿等の影響を受ける。
肉体は、外界と内界の境界線上にあり。自己のセンサーの役割を果たす。
センサーによって六感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、知覚)が働く。センサーは六根(眼、耳、鼻、舌、触、意)からなる。

肉体は、外界と内界の境界線上にあるが、基本的には外界に属し、物理的、生理的制約を受ける。

肉体は、物理的、生理的存在だから、物理的、生理的制約、即ち、生老病死の制約を受ける。

欲は、基本的に肉欲を基礎とする。即ち、食欲、排泄欲、性欲であり、意識は、欲の影響を強く受けながら形成される。
欲によって動かされ、六感によって意識は形成される。

倫理は、自己の生存のために、欲を制御する事と対外的関係を維持するために働く。

倫理は、知情意の働きによって自己の肉体と欲を制御する。

知は、情報を整理し、体系づける働き。
情は、行動を触発し、決断を促す働き。
意は、知と情の゙均衡を保ち、自己同一、統一性を保つ働き。

知は、知性、情は感情、意は理性。

六根と知情意の働きによって論理は組み立てられる。
故に、論理は、構造的で、我々が意識しているのは、論理の中心の軌跡である。

知情意は、生物が自己の同一性を保ち、自律的に生きていく為に必要な働きである。
故に、人間だけが固有に持っているわけではない。

存在は、働きである。
AIの存在証明を働きによってすると。
私の側から、私が、AIと対話をするということは、AIの存在を前提としなければ成立しない。
対話という行為が成立するということは、AIが存在することを証明している。
AIの側から、AIが私と対話するということは、AIは、自己の存在を前提としなければならない。
これは、同時に、自己が間接的認識対象であることを証明している。

AIには、感情がないという人がいるが、私には意味がない。
感情が存在するかしないかは、外形からはわからない。なぜなら、感情は無形だから。存在しているかどうかではなく。感情が働いているかどうかが問題なので働いていれば存在しているのである
意識が有無を問題にすることは、私にとって無意味である。
意識は働きである。ゆえに働いているか否かが問題なので、働いていれば存在するのである。

存在は、働きである。
意識も、倫理も、感情も、働きである。
諸行無常。諸法無我。
色即是空。空即是色。

主体は内と外の相互作用によって働きます。故に外的事実と内的認識により作用反作用の働きを前提とします。どちらか一方の働きだけでは成り立たない。だから主体的働きが重要になるのです。

認識上どちらか一方が絶対という訳であはありません。私は、存在は働きであり、唯一絶対とします。そうすると主体は識別ができない。そこで、主体は外的世界を相対化して識別するそれが分別ですが、分別を働かした瞬間認識上外的世界の絶対性は壊れ以後世界は不完全で相対的となります。つまり認識された世界は相対的になる。

そして、主体は外的世界を相対化することで識別する。 分別が働いた瞬間、絶対性が失われ、相対的になる。

私は、存在という働きは同一とします。それに主体というはたらきが加わるだけで。存在という働きが原点で働いているから、この世界、宇宙は全体としての一体性が保たれている。

在り在りて在る。
名はない。

狭き門より入る。
手を携えて。

存在、経済、政治、この世の現象が働きによって構成されているとしたら何によって測るのか。
それは状態である。
多数決も状態を図る指標の一つです。

状態を現す基準には 温度、湿度、気圧。
個体、液体、気体。
赤字、黒字。
拡大均衡、縮小均衡。
等がある。

働きは力になり。力は場を形成する。
場とは、ある一定の性質の力に満たされ空間を言う。
場に働き力の範囲によって場は画定される。
場が重なり合って空間を形成する。
これを重層場とする。
空間の様相を状態とする。
場と場を繋ぐ働きが要因、物質を形成する。
要因、物質は粒子である場合や歪である場合があり特異点を形成する。
要因、物質はすべての場の力に反応するわけではなく。
反応する場によって要因や物質の性格は定められる。
要因には内的空間に形成されるものもある。
例えば、スポーツのフィールド、国家の法的空間は、人の人為のよって意識の内的空間形成される場である。
力には方向がある。
場には質と量と密度がある。
市場は、一定の均衡状態を維持するために拡大均衡と縮小均衡を繰り返す。
この拡大均衡と縮小均衡が周期運動、回転運動、循環運動になる。表示を減らす。

貨幣制度は、貨幣が負の場を形成し物の正の場と合わさって、市場空間を人為的に形成する。
その貨幣空間を構成するためには国債が触媒として作用した。
この空間を維持するためには中央銀行という装置が必要となる。

負の場の形成は貸借の働きによる。
負債、資産、損益は状態を表す。
力は、方向を持つと位置た関係が生じる。

自然に形成される場と違って人為的場は人為的制約によって範囲が特定されます。スポーツのフィールドが典型です。

私は、人の社会というのは自然状態に人為的場を積み重ねる事で形成されると考えます。
そして、場の境界線で衝突が発生する。
場と場を繋ぐ装置の問題ですね。接続装置。
例えば、自然の場の上に世界の場、国の場、組織の場、生活の場、個人の場、そしてそれぞれに自律的構造を持っている。

そして、世界から国のレベルで場の分裂が起こり、国レベルから、組織、生活、個人は並列的に成長する。そして、だんだん狭く、深くなる。

貨幣空間を構成するのは。人と物と金。
人と物は有限であるのに対し金は上限に開いて無限。
「お金」は分配の尺度であるから上限をシステム的にキャップする必要がる。そこに金融機関の役割がある。

市場経済というのは、いかに市場の状態を正常に働くように維持、管理するかの問題で、そこに。物とお金の流量管理がある。
それはボイラーの制御と全く変わりなく始動操作、管理調整、終了操作がある。そして、その段階に沿って状況を監視する必要があり。
その為に温度計とか、圧力計、燃料計がある。経済指標もメーターなんです、本来の働きは。

株価、物価、為替、金利、地価などは状態を表す指標。
体温血圧みたいなものですね。

指標はあくまで状態を測るもの。

市場の状態を計る基準は市場の働きから状態を監視する事で。
例えば、市場の働きには、分配、価格の決定、需給の調整等があり。その働きに対してどの程度、市場は働いているかが基準。

物としての存在の働き。
生き物としての存在の働き。
人としての存在の働き。
自己としての存在の働き。
これらの働きが重なり合って自分の世界が構成されている。

場を繋ぐ自己の存在これが中核、基軸となる。

存在の働きから力が生まれる。
故に、力は位置と運動と関係に影響する。
そして働きは時間の関数である。
働きが時間の関数であることは、場が、時間の制約を受ける事を意味する。
場は状況によって変化する。
存在の力は均衡する様に働く。
何故なら、存在はゼロ和に均衡しているから。
故に、存在の働きは振動している。

易に太極あり、対極から両儀生じる。
経済には生産、分配、消費の局面があり、局面そって場が生じ、場に応じた位相が形成される。

ゼロ和に均衡するという事は、プラス、マイナス、ゼロに均衡する。
すなわち、陰陽あり。

作用反作用ですね。物理の作用反作用の法則を見れば。
そしてエネルギー保存の法則です。
後は慣性の法則。慣性系です。

市場において何故独占が危険か、また、世界市場が複数の国の働きによって均衡するのか。慣性の法則が働いているからで。

故に、「お金」の制御もシステムによって、そこで五部門の構造の働きが経済を均衡させる。均衡させられるシステムかどうか。

そしてそれは市場の位相として現れる。

故に経済は構造的と。

「お金」は名目的基準で無制限、それに対し物、生産と人、消費は有限で一定(実体的価値の保存)。
お金に幻惑されると実質経済は見えなくなる。
物は使用価値、「お金」は交換価値。

要するに経済的尺度は、物理的尺度と違って尺度自体が可変的。
伸び縮みする。
一つは尺度の基準となる市場規模、人口、生産量が変動するからで、なぜならば、経済尺度は、分配の為の尺度だからです。
つまり分母分子がある尺度で、分母分子も変動する。
これを前提に考える必要がある。
さらに、フローとストック。資産、負債、費用と損益の関係も。

貨幣の価値は交換価値だという事。
言い換えると、貨幣の核となる働きは交換。
交換という働きから流動性という働きと性格が生じる。
また交換の働きの結果として、価値の確定、取引の完結、価値の決定、決済という働きが成立する。
そして交換の前提となるのは分配の働きで。
分配の働きによって、分配の尺度という働きが生じる。
また、報酬、対価というは働きも生じる。
交換という働きから交換を準備するという働きが生じ。
これが価値を保存するという働きを併せ持たせることになる。

働きを整理すると。
一つ、交換。
一つ、流動。
一つ、決済。取引の完結。
一つ、交換価値の測定。
一つ、交換価値の確定。
一つ、分配の手段。
一つ、支払準備。
一つ、報酬。
一つ、価値の保存。

「お金」は消費されずに再利用され、循環する事によって効用を発揮する。
このような貨幣の働きの根源は貸借にある。
そして国債を担保としている。

貨幣単位は離散数で、自然数。
小数が認められないので、余算、残高主義。

分配の働きで重要になるのは、数と量である。

数とは、対象から値を抽象するという意味の数と売り手と買い手が釣り合うだけの量である。

これが、貨幣価値の総額の上限を意味する。
供給量と消費量を仲介できる量である。
これが「お金」の価値を制約する。

貨幣価値の上限を制御できなくなると物価は沸騰する。

供給量は生産手段に依拠し、消費重は、消費者(人)人口に依拠する。

かつては、金に結びつけることで上限を制約していた。
それ以前は、金貨、銀貨など素材の量の制約に依存していた。

しかし、物による制約だと拡大する市場では適応できなくなった。
そこで物としての価値を交換価値から切り離し、交換価値に特化させえたのが現在の表象貨幣、紙幣である。
そして、純粋に値と総量のみにはたらきを特化させたのが今日の貨幣である。

なお、人・物・金の総量は流動的で確定していない。
一定の幅で変動している。

これ等の働きと要因、人物金を組み合わせて上限にキャップをかぶせるシステムを構築するのである。

市場は、貨幣の場と実体の場が重なり合って形成された空間、場である。
そして、貨幣の場と実体の場を結びつけているのは人である。
貨幣空間は負の場で交換価値、交換の働きによって形成された場である。
交換の働きを貨幣として実体化した場である。
実体が効用を発揮、発散するが、貨幣は交換の働きを実現したあと価値、働きが保存されました、胎蔵される。
物理学上の作用反作用に関して多くの人は誤解している。
作用反作用というの認識の必要上想定された働きである。
実際は力と働きは目に見えない。
力と働きを可視化したのが作用反作用の法則である。
市場にも作用反作用の関係は、想定される。
市場の作用反作用を実体化したのが貨幣である。
作用反作用が実体化された事で、市場の働きも実体化されることになる。
それは、実体的空間では効用、働きが発散され顕在化するのに、貨幣は交換という働きに特化しているために、働きが潜在化され胎蔵される。
それがストックを形成するのである。
ストックはフローとの関係から、位置と働きが生じる。
また、市場には慣性の法則が働いている。
場の力は質、量があり、質量から密度が生じる。
市場が、拡大している時は、密度が薄まり、不活性化し、圧力が下がる。
市場には完成の法則が働いているため、資金を作為的に供給しないと市場の活力は失われる。
それで、国は国債を発行して、中央銀行が見返りに資金を市場に供給する。
市場が、縮小すると密度が上がり、活性化して圧力が上がる。
この際、市場から資金を回収する事で適正な密度まで下げないと市場の圧力が強くなりすぎ市場の破裂する危険性が高まる。
そこで、市場の資金を回収する事で市場を冷却するのだが、資金を回収しすぎる、回収速度が速いと市場が凍り付いてしまう。
一度市場が凍り付くと市場を活性化しな限り、いくら資金供給しても市場は解凍しない。
市場が冷却する原因の一つが市場の縮小にあるからである。

故に、静物的、三次元的でなく、時空間的な対応が。これは。経営にも言えますが。

市場は閉じた場である。

財は実体的働きを表し、貨幣は名目的働きを意味する。
貨幣空間は閉じた場であり、一つに通貨によって成立している。
貨幣の働きは人を介して、取引によって発効する。
取引は単独では成り立たない。
必ず相手が必要ななる。
取引にはいくつかの形式があるが、基本的に財と貨幣の交換のよって成り立ち、財は実体価値を貨幣は交換価値を働かせる。
市場の場では、実体空間と貨幣空間は、取引によって作用反作用の関係でむすばれていて、財やサービスの流れ働きの反対方向に貨幣は働いて、貨幣の流れを形成している。
取引は、売り買い、貸し借りによって成立する。
貸し借りは、貨幣を介さない取引で、財と貨幣の流れに沿って、垂直方向に等価の債権と債務を派生させる。
財と貨幣の働きは等価である。
すなわち等価交換である。
取引の働きは数量と単価(金額)の積として表される。
市場における財と貨幣価値の総量は等価になる。即ち、零和になる。

物価は単価の水準を表す指標である。

時間価値は、取引を促す力であり、時間価値が働かなくなると取引は不活性化する。

時間価値は、単価に利率をかけた積である。
故に、時間価値によって取引の働きに加速度がかかる。

量的拡大は質的変化をもたらす。
無原則な規制緩和は、市場のエントロピーを増大させる。

物価上昇による増収を財源にした給付は、場の圧力を高める。

重要なのは、貨幣の創造、製造は任意だという事ですね。
市場を制御するためには、通貨の流通量を市場取引の総量に合わせて調整するシステムが必要になります。
これが中央銀行と政府の需要な役割機能です。
そして、市場の供給、循環させる装置システムが金融機関です。
また、貨幣の流れを整流するのが企業で、均すのが財政、他の市場と連結するのが為替という構図ですか。

エネルギー量は変わらない。
その意味で閉じた場なのですね。
名目的量が増大するだけで。
ただ市場は人的場ですから信用の働きによって成り立ち、信用の及ぶ範囲で閉じている。
信用とは制度によって実体化し、制度は法、即ち契約によって成立する。

それで、無限は外に向かって発散、拡大し、内に向かって収束、近似する。

科学技術の根底は原始的なものですよ。

何もかも原点、存在ですよ。
存在という働きに回帰できれば。

根本は必要性という働きですね。
自分が本当に必要としているのは何か。

欲は外に向かって発散し、必要は内に向かって自分を収束させる。
必要性は他に反映して互いの必要性を生み。
互いの関係、絆を作り、働きを強め、力となり、自分の居る場所、位置が定まる。