愛国心は無条件な服従、隷属を意味しているわけではありません。国家に対する盲従ではない。
国家国民を良くしたい、国家国民に尽くしたいという思いを言うのです。
だから、圧政に対して抵抗をするのも愛国心。
ミャンマーやシリアの民主派も、愛国心で抵抗している。
フランスのレジスタンスも愛国戦線と。
アメリカ独立戦争の戦士も愛国心。パトリオティズム。
愛国心は、国民国家の誕生とともに生じた比較的新しい概念です。
むしろ民主主義の根本理念です。フランス革命やフィヒテがナポレオン占領下のドイツで「ドイツ国民に告ぐ」と命がけで講演したのを嚆矢とする。
この国の思想家は、右翼と左翼しかないのかと言いたくなります。
愛国心とか、国益等というと、お前は右翼かと決めつける。
私は主義主張でこの国を愛しているわけではない。
大体、私が愛しているのはこの国ですよ。
私が生まれ育ったこの国。愛する人や友がいる国。
たくさんの思い出の詰まったこの国。
今の日本。
自分が生まれる以前の日本、戦前の日本でも、軍国主義でもないし、全体主義的な他の国でもない。
生まれ育った、自由で、民主主義のこの国。
アメリカでも、中国でも、ロシアでもない。
この国、日本です。
愛国心とは、情である。理ではない。
愛国心は、情であり、思想ではない。理屈ではない。
子供が、親を慕うような、親が、子供を慈しむような、夫が妻を労るような、妻が夫を愛おしむような、自然の情だ。だから、愛国心のない奴は、変革を口にするなと私は言う。
愛国心は、国民の国家への思いである。
だから、嫌いな人を好きになれと言っても無理なようなに、人から強要されるものでも、強要できるものでもない。例え、一時的に強要されたとしてもそれは偽物の愛国心に過ぎない。
愛国心と言うのは、国に対する素直で直接的な思いなのだからである。
愛国心は、国家に対する国民の思いによって形成される。
だから、民主主義の源は、愛国心である。
戦後の日本人は、この点を理解していない。
民主主義国の宗旨国であるアメリカは、アメリカ人にとって、所与、既に与えられている国ではない。自分達が作り上げていく国であり、自分達が選んだ国なのである。つまり、アメリカ人は、アメリカ人になるのである。
アメリカで国籍を取得する際、Oath of Allegiance (忠誠の誓い)をさせられます。
アメリカ合衆国憲法への忠誠の誓い
以前保持したすべての外国への忠誠の放棄の誓い
国内外の敵からアメリカ合衆国憲法を守る誓い
法律が定めた場合、兵役に従事する約束
国家の大事の際、法律が定めた市民としての義務を果たす約束アメリカでは、幼稚園に入った時から始業前に「忠誠の誓い」を暗唱させられる。
この誓いをする時は、起立し、国旗に顔を向け、帽子を取り、右手を左胸に当てて、
「私は、アメリカ合衆国の国旗、並びに、国旗が象徴する共和国、全ての国民の自由と正義を備え、神の下に分割すべからざる唯一の国家である合衆国に忠誠を誓う。」
と暗唱する事が求められる。
I pledge allegiance to the Flag of the United States of America, and to the Republic for which it stands, one Nation under God, indivisible, with liberty and justice for all.
何故、日本人だけが愛国心を口にだし、自分の国を誇りにしてはいけないのですか。
愛国心、人類愛、郷土愛、愛社心、家族愛、自己愛、神への信仰は、一体です。
故に修身、斎家、治国、平天下という。
対立概念ではない。対立させるのは意図的です。
愛国心は、戦争よりむしろ、平和を好む。
愛国心を軍国主義や侵略主義に結びつけるのは危険です。
むしろ反体制派の方が愛国心を鼓舞する歌を歌います。
愛国心とは自分の国に対する愛情で自分の国を荒廃させる様な事は、かえって忌避します。
愛国心は危機意識とは別ですよ。
モラルなんです。愛国心があるから倫理が守れる。誇りが持てる。
逆境にも耐えられる。
特攻隊の若者が精神を保てたのは愛国心があったからで。
その点を誤解している。
道徳心があったから愛国心が持てたのではなく。
愛国心があったから道徳が守れた。
今、道徳心や礼節が失われたのは愛国心を失ったからで。
だから、愛国心が大切が問われるのです。
愛国心こそ道徳なのです。
一神教徒でない日本人にとって。
愛国心こそ道徳なのです。
愛国心は道徳の根源です。
だから、愛国心が大切で。問われるのです。
北朝鮮でも、無神論者は結局、人民とか得体のしれない概念を引っ張り出して忠誠を誓わせた。
行き着くところ個人崇拝しかないのです。そうしないと統制が取れない。モラルがなくなる。
ただ、無神論、唯物主義、個人崇拝だから悲惨な結果をもたらした。
一神教徒は神に対する信仰をね。
でも日本は、そのような信仰が持てないから愛国心によって道徳を守らせた。
それを軍部が利用しただけです。愛国心こそ道徳なのです。
一神教徒にとって信仰が道徳の根源になります。
信仰心の薄い者には愛国心がないと道徳が保てません。
何故なら、道徳は、自己を超越した何者かに依拠しなければならないからで。
今の日本人の道徳はただ、周囲と折り合いをつけるためのものになってしまった。
要は皆仲良くである。
だから、その場の空気が重要となる。
何かのために犠牲になるという発想はわかない。
ただ周りに迷惑をかけないことだけが肝心になる。
中芯がないのである。
最澄と空海は、命がけで海を渡り。
津田梅子は、満六歳で渡米し。
吉田松陰は、二十四歳で密航を企てたが遂げられなかった。
この国の為ですよ。
志があったから命がけの覚悟で海を渡る事ができた。
少年よ大志をいだけです。
かくすれば、かくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂
夢なき者に成功なし。
吉田松陰の言葉が全てを表しています。
日本人は、主家にたいする忠誠心と愛国心と混同しているように思える。
天皇に対する忠誠と愛国心は別物なので。
また、忠誠と隷属・服従とも違うので、その意味で二重に愛国心を曲解していると言える。
戦後の日本は、正式の国民国家に生まれ変わったので、君主国である戦前とは愛国心の働きが違う。
また、戦前の軍みたいな組織もないから、軍国主義的な意味での愛国心とも違う。
愛国心は、国家国民に向けられる働きで、特定の体制や勢力、組織に向けられる忠誠心とは違います。
だから、国民国家が成立したことで生じた感情です。
国家の独立と安全、国民の権利、福利を第一に考える感情です。
なぜなら、国民国家は、国民が自分たちの血でかちとった国だからです。
初期の国民国家の多くは基本的に革命によって成立した国だからです。
故に、愛国心は、圧政や侵略を嫌うのです。
自分たちの国は、自分で守る。
誰も守ろうとしない国は、守りきれない。
自由と平等を重んじるのは、自分たちで勝ち取った権利だからである。
よく他の国がという人がいますが、その前に、わが国はどうあるべきかが重要なのです。
天皇に対する忠誠と愛国心を混同するのはかえって天皇制、自衛隊の存在も怪しくします。
天皇を守るのと国民を守るの混同することになるからです。
愛国心の存在意義そのもの否定しかねない。
愛国心の正当性も失われる。
愛国心だから、思想信条を超越できる。
愛国心は思想信条を超越していることに意義がある。
故に、ウクライナは、愛国心の下に結束できるのです。
なぜ、圧政に屈しないのか。
なぜ、侵略者を許さないのか。
それは国土への愛。
愛する者を護る為。
日本はその意味で、正当的な国民国家に生まれ変わったのであるから、愛国心を正々堂々、発言するのに何の憚りもない。
他国の人間がどういおうと事実は事実である。
現代の愛国心は、国民国家を根拠とし、国家国民に向けられるものである。
国家、国旗に、いろんな解釈をするのは自由だが、だからと言って、否定したり侮辱する根拠にはならない。
日の丸を血の色だとかいうのは勝手な解釈であって、それなら、赤旗は血の色かというようなもので。
言い出したらきりがない。当事者が正しいという解釈にして従うべきである。
愛国心とは自分の国を思い気持ち、よくしたいと思う心でああって。
それ以上でもそれ以下でもない。だから、狂信的になるのはよろしくない。
慈悲慈愛であるくらいがいい。
自衛隊員が愛国心を言うのは、自衛隊が健全である為に、また誇りや、国家国民とのアイデンティティを保つためにも、道徳心、自制心を育むためにも好ましい事である。
愛国心は忍耐力、道徳の源であるとともに、自衛隊の根本精神の支えとなるからである。
愛国心があるから我慢、忍耐ができる。
克己復礼の根拠が愛国心なのである。
今の日本人にこそ、愛国心が必要なのです。
なぜなら日本は国民国家になったのですから純粋に国の事を思う事ができる。
だから、自衛隊員の名誉や使命感、倫理の為にも愛国心を中心に据えるべき時なのです。
そうしないと、自衛隊の真の目的も明確にできない。
自衛隊員は日々命がけでこの国を守っているのですから。
愛国心以外の何ものでもない。人間本然の情なのです。
愛国心はこの国の安全と平和を望む心、国民の幸せを求める心です。
国民を苦しめたり、他国を侵略する口実ではありません。
ただ、国家国民が危難に会った時、結束させる力になります。
災難から国家、国民を守る為の力となります。
だからこそ、自衛官に愛国心が必要なのです。
自衛隊員には、身命を賭して守る対象が必要ですから、愛国心が鍵なのである。
愛国心だから、薩長とか、旧幕臣とか、身分を超えて一つになれたのです。越後長岡出身の山本五十六が連合艦隊の長官になったり、幕臣の渋沢栄一が活躍できたのは、愛国心があったからです。
この国の健全さは一に自衛隊員の健全さにかかている。自衛隊員の健全さは、自衛隊員の名誉によるのです。自衛隊員の誇りが守れなくなった時、この国の健全さも失われる。
その支柱は愛国心です。
愛国心でなく、よもや、金のためなどという事にでもなれば、自衛隊員の士気は、地に落ちる。
その事の分かっている政財界の人間がどれほどいるか。
憲法問題だって政争の具にしてはならない。
憲法問題は志の問題であり、それ以前に、この国を護る覚悟の問題です。
本当に、自衛隊員は命がけなんですよ。それを戦後のメディアや知識人は…。
東日本大地震の際、自衛隊員が身を挺して国民を守ったのに、メディアは見てみぬふり。
ただ、愛国心は自衛隊員の片思いではない。国民は見ている。
愛国心は、国家国民に向けられる働きで、特定の体制や勢力、組織に向けられる忠誠心とは違います。
国民国家が成立したことで生じた感情です。
忠誠を誓うのは国民、国家に対してです。
国民国家は基本的に革命によって成立した国だからです。
故に、命がけで国家の独立と主権を守ろうとする。それが愛国心の本質です。
自分たちの国は、自分で守る。
誰も守ろうとしない国は、守りきれない。
それは、他国民に対する敬意にもつながる。
他国を、侵略したり、名誉を踏みにじる事は戒める。
浩然の気であり、克己復礼である。
自由と平等を重んじるのは、自分たちで勝ち取った権利だからである。
よく他の国がという人がいますが、その前に、わが国はどうあるべきかが重要なのです。
愛国心は、国民国家を前提として成り立っている。
君主国や独裁主義国では成り立ちにくい。
国民の持つ自然な感情が源にあるからである。
国民国家は、国民を生み、育て、守る。
愛し、慈しみ、幸せになることを祈る慈母の如き存在だから、国民は国を愛し、護るのである。
故に愛国心なのだ。
愛国心は、一方的な働きではなく。双方向な働き。
日本人にとって国は、天照のような存在だ。
愛国心があるから他国も尊重できる。
狭量な愛国心は、真の愛国心ではない。
ウディ・ガスリーの「わが祖国」も愛国歌、パレスチナの国歌も「わが祖国」、サウンドオブミュージックで歌われた「エーデルワイス」も国を思う曲、「カサブランカ」でドイツ占領下のカジノで女給までが「ラ・マルセイエーズ」を高らかに歌った。
ウディ・ガスリーの「わが祖国」の祖国は、ジス・ランドです。
ジス・ステーツでも、ジス・カントリーでもない。
しかし、それも祖国である。
兎追いし かの山
小鮒釣りし かの川
夢は今も めぐりて
忘れがたき 故郷
如何にいます 父母
恙なしや 友がき
雨に風に つけても
思い出ずる 故郷
志を 果たして いつかの日にか
帰らん 山は青き
故郷 水は清き 故郷
これも愛国心です。
この国は君の国(This Land Is Your Land)
ウディ・ガスリー(Woody Guthrie)のフォークソング「この国は君の国(This Land Is Your Land)」(壺齋散人による歌詞の日本語訳)
この国は君の国 そして俺の国さ
カリフォルニアからニューヨークまで
レッドウッドの森からメキシコ湾まで
ここは俺たちのための国さ
果てしなく続く道を歩いていくと
頭上には限りない空が広がり
足元には深い谷がのぞく
ここは俺たちのための国さ
俺は脚がもつれるほど歩き続けるんだ
きらめく砂漠の砂をけりながら
周りには風の声が響き渡る
ここは俺たちのための国さ
目の前にでっかい壁が現れて足を止めると
私有地と書いたサインがあった
だが壁の向こう側には何もないぜ
ここは俺たちのための国さ
太陽が出ると歩きはじめる
小麦畑には帆がなびき 空には雲がたなびく
霧が立ち込め 歌声が聞こえる
ここは俺たちのための国さ
この国は君の国 そして俺の国さ
カリフォルニアからニューヨークまで
レッドウッドの森からメキシコ湾まで
ここは俺たちのための国さ
国家はすべて愛国の歌ですよ。
イラクの国歌、パレスチナの国歌でもある。
1番
我が祖国よ
栄光と美しさ、崇高さと壮麗さ
それがあなた(祖国)の丘にある
生命と解放、歓喜と希望
それがあなたの空にある
私は目にできるだろうか
あなたの安全と安寧、堅固さと名誉を
私は目にできるだろうか、気高き座に居るあなたを
星に届かんばかりに
我が祖国よ
2番
我が祖国よ
その若さが衰えることはない、あなたが独立するか
彼らが滅びるまでは
奴隷のように敵に屈するくらいならば
我々は毒杯を仰ぐだろう
我々は欲しない
永遠の屈辱も
惨めな人生も
我々は欲しない
しかし我々は取り戻す
我々の歴史に名高い栄光を
我が祖国よ
3番
我が祖国よ
我々の象徴は剣とペンである
戦車と言い争いではない
我々の栄光と契約
信仰を守る敬虔さ
それが我々を突き動かす
我々の栄光は
栄誉ある大義
そして先導となる規範
さあ刮目せよ
その気高き座において
敵に勝利する
我が祖国よ
中国、あなたを愛する
作詞 瞿琮、作曲 鄭鞦楓
ひばりは青い空から飛び去り、私は中国を愛する
私は中国を愛する、私は中国を愛する
私は春の力強い苗を愛する、
私は秋の日の黄金色の果実を愛する
私は青い松の気質を愛する
私は紅梅の品格を愛する
私は故郷のサトウキビを愛する、牛乳のように私の胸を潤わす
私は中国を愛する、私は中国を愛する
私は最も美しい歌をあなたに捧げます、私の母私の祖国に
私は中国を愛する、私は中国を愛する
私は青い波が沸き立つ南の海を愛する、
私は白い雪の舞う北国を愛する
私は果てしない森林を愛する、私は高くそびえる山並みを愛する
私はさらさら流れる小川を愛し、揺れる清い波が私の夢の中から流れ行く
私は中国を愛する、私は中国を愛する
私は最も美しい青春をあなたに捧げます、私の母私の祖国に
私は最も美しい歌をあなたに捧げます、私の母私の祖国に
ダパンプのUSAは、許されてもRADWINPSの”HINONARU”は、大炎上。
HINONARU
風にたなびくあの旗に 古(いにしえ)よりはためく旗に
意味もなく懐かしくなり こみ上げるこの気持ちはなに
胸に手をあて見上げれば 高鳴る血潮、誇り高く
この身体に流れゆくは 気高きこの御国の御霊
さぁいざゆかん 日出づる国の 御名の下に
どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど
僕らの燃ゆる御霊は 挫(くじ)けなどしない
胸に優しき母の声 背中に強き父の教え
受け継がれし歴史を手に 恐れるものがあるだろうか
ひと時とて忘れやしない 帰るべきあなたのことを
たとえこの身が滅ぶとて 幾々千代に さぁ咲き誇れ
さぁいざゆかん 守るべきものが 今はある
どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど
僕らの沸(たぎ)る決意は 揺らぎなどしない
どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど
僕らの燃ゆる御霊は 挫(くじ)けなどしない
僕らの沸(たぎ)る決意は 揺らぎなどしない。
なぜ、RADWINPSの”HINONARU”は、許されないのか。どこが悪いというのか。
戦争に負けたから許されないのか。誰が許さないのか。
自(みずか)ら反(かえり)みて縮(なお)からずば、褐寛博(かつかんぱく)と雖も吾惴(おそれ)れざらんや。自(みずか)ら反(かえり)みて縮(なお)ければ、千万人と雖も吾往かん。
顧みて、自分に非があれば、どんなに賤しい(いやしい)、とるに足らない人間でも恐懼(きょうく)するが、顧みて自分が正しいという確信があれば、この世の中全てを敵にまわしたとしても、吾一人になっても、突き進んでいく。
確乎不抜の志を持て。
その志こそ愛国心。
志があれば、自分を保つことができる。
志は、自分の心の帥(すい)である。
愛国心があるから自分に克って礼に復することができる。
愛国心があるから、海外に行っても礼儀やモラルを守ろう、日本人として恥ずかしくないようにと。
国家は、基本的に愛国の詩である。
ウクライナ国歌
ウクライナは、未だ滅びず。
ウクライナは、未だ滅びず。
ウクライナの栄光も自由も。
若き兄弟よ。運命は再び我等に微笑むだろう。
我等の敵は陽の下の露の如く亡びるだろう。
我等は、我等の地を治めよう。
魂と身体を、捧げよう
我等の自由の為に。
そして示そう、兄弟よ。我らがコサックの末裔たることを。
兄弟よ。サン川からドン川まで。
血の戦いに我らは立とう。
いかなる者もわが故郷の支配を我等は許さない。
黒海は、また、微笑み。
ウクライナでの幸運の再来に。父なるドニプロ川は、歓喜の満ちる。
魂と身体を、捧げよう
我等の自由の為に。
そして示そう、兄弟よ。我らがコサックの末裔たることを。
我等の忍耐と誠実なる努力は、報われ。
自由の歌は、ウクライナの地に響き渡る。
その歌は、カルパチア山脈に反響し、
草原にも鳴り響く。
ウクライナの名声と栄光は、全ての国に知れ渡る。
魂と身体を、捧げよう
我等の自由の為に。
そして示そう、兄弟よ。我らがコサックの末裔たることを。
UA so beautifulは、ウクライナを応援する歌で、元々は「You Are So Beautiful」という曲を、UA(ウクライナ)と読み替えて作られたカバー曲です。
UA so beautiful
ウクライナよ あなたは美しい
あなたは 僕の望むすべて
よろこび しあわせ 夢
ウクライナ あなたは美しい
あなたは僕をみちびく光
闇夜を輝かす 神様のおくりもの
ウクライナ
あなたはほんとうに美しい
イスラエルの国家はハクティバ、希望です。
ユダヤ人の希望「自由なる民として生きる事」です。
ハクティバ「希望」(イスラエル国家)
心に秘めて今もなお
ユダヤの魂が呼んで
そして東方の岸へ
目がシオンを目差している限りある
我々の希望はまだ失われていない
その2千年の希望とは
自由なる民として生きること
シオンの地 エルサレムの地において
モルダウ スメタナ「わが祖国」より(チェコ)
ボヘミアの川よ モルダウよ
過ぎし日のごと 今もなお
水清く青き モルダウよ
わが故郷を 流れ行く
若人さざめく その岸辺
緑濃き丘に 年ふりし
古城は 立ち
若き群れを 守りたり
ボヘミアの川よ モルダウよ
わが故郷を 流れ行く
ボヘミアの川よ モルダウよ
過ぎし日のごと 今もなお
水清く青き モルダウよ
わが故郷を 流れ行く
若人さざめく その岸辺
緑濃き丘に 年ふりし
古城は 立ち
若き群れを 守りたり
やさしき流れ モルダウよ
光り満ち
わが心にも 常に響き
永久(とわ)の平和を なれは歌(うと)う
たたえよ 故郷の流れ モルダウ
マルタの祈り(チェコスロバキアの詩)
マルタの祈り
この国に平和が続きますように!
憎しみ ねたみ 物惜しみ 恐怖 戦争が終わりますように
終わりますように
あなたが以前なくした習慣が戻りますように
人々に戻りますように
雲はゆっくりと空を流れる
誰もが自分のまいた種を刈取る
私に祈らせて
怒りの時に心が燃え尽きないように
花が霜でやられるように
この国に平和が続きますように!
憎しみ ねたみ 物惜しみ 恐怖 戦争が終わりますように
終わりますように
あなたが以前なくした習慣が戻りますように
人々に戻りますように
ポーランド国家
ポーランドは未だ滅びず
我らが生きる限り
外敵が力で奪い去りしものは
剣をもて奪い返さん
すすめ、すすめドンブロフスキ
イタリアの地からポーランドへ
汝の指揮のもと
我ら、民衆と合流せん
すすめ、すすめドンブロフスキ
イタリアの地からポーランドへ
汝の指揮のもと
我ら、民衆と合流せん
エーデルワイス エーデルワイス
エーデルワイス エーデルワイス
真白な花よ
清く光る 雪に咲く花
香れ朝の風に 永久(とわ)に咲けと
エーデルワイス エーデルワイス
祖国の花よ
エーデルワイス エーデルワイス
小さな花よ
露に揺れる 幸せの花
香れ朝の風に 永久(とわ)に咲けと
エーデルワイス エーデルワイス
祖国の花よ
ラ・マルセイエーズ
さあ、祖国の子らよ、栄光の日は来た!
我らに対し、血まみれた横暴な旗が掲げられた
聞こえるか、戦場の野蛮な兵士たちの唸り声が?
奴らは君たち(我ら)の腕の中まで来て、君たち(我ら)の息子や妻を殺す気だ
《リフレイン》:各節の最後で繰り返し
武器をとれ、同志たちよ、隊伍を組め(隊伍を組もう)
進め、進め!(進もう、進もう!) 汚れた血が、我らの畑を濡らすまで!
《2番》
何を求めているのか この群衆 ー 奴隷や卑劣者、謀略を企む王たちは?
誰のために この卑劣な足枷、鉄鎖は 長らく準備されていたのか?
我らフランス人のためだ ああ! 何という侮辱
激昂せずにはいられまい!
奴らは我々を 昔のような奴隷にしようと企んでいるのだ
《3番》
なに! 外国の軍勢が 我らの故郷を支配するだと!
なに! 金で雇われた兵隊が 我らの勇敢な戦士を打ち負かすだと!
そんなわけはない! 我らが手を鎖に繋がれ 槍門の下で屈服し
卑劣な暴君が 我らの運命の支配者になるなんて!
《4番》
震え上がれ 横暴な背信者たちよ 全ての政党の恥辱よ
震え上がれ おまえたちの弑逆の企ては 最後に報いを受けるだろう!
我ら全員が おまえたちと戦う戦士だ
たとえ若き英雄が 倒れたとしても 新たな英雄が祖国に生まれる
おまえたちとの戦いの準備は すべて出来ている!
《5番》
寛大な戦士たるフランス人よ 攻撃するも 時にはそれを制止せよ
心ならずも我らに武器を取った 哀れな犠牲者たちは 容赦せよ
しかし殺戮を好む暴君たち ブイエ将軍の共謀者たち
これらの情け容赦ない残酷者たちは 己の母の胸を引き裂いているのだ
《6番》
祖国への神聖なる愛よ 我らの復讐の手を導き 支え給え
自由よ 最愛の自由よ そなたの支持者である我々とともに 闘い給え
我らの旗の下 そなたの堂々たる調べの許に 勝利が駆けつけんことを
瀕死の敵は そなたの勝利と 我らの栄光を見るであろう!
《7番》(児童合唱用)
僕たちも やがて入隊しよう 先達がそこに居なくなったときには
僕らはそこで見つけるだろう 彼らの亡骸と 武勇の跡を
生きることに執着するよりも 共に死ぬことを選んだ
僕たちも 気高い誇りを抱こう 彼らの仇を討つか 後を追うのだ!
ラインの守り(ドイツ)
一番
雷鳴の如き叫び 剣戟か海波や?
ライン ドイツのライン
その流れは何れが守る?
祖国よ 閑やかに
祖国よ 閑やかに
揺るぎなく忠実 ラインの守り
揺るぎなく忠実 ラインの守り
二番
十万もの瞳 全ては輝き
敬虔なドイツ人は
貴き帝土を守る
祖国よ 閑やかに
祖国よ 閑やかに
揺るぎなく忠実 ラインの守り
揺るぎなく忠実 ラインの守り
三番
天を見上げれば 英霊が見下ろす
闘志にかけ誓う
ラインはドイツのものと!
祖国よ 閑やかに
祖国よ 閑やかに
揺るぎなく忠実 ラインの守り
揺るぎなく忠実 ラインの守り
四番
わが命 尽きるも そなたは降るまじ
流れる水が如く
ドイツの血は滾れり
祖国よ 閑やかに
祖国よ 閑やかに
揺るぎなく忠実 ラインの守り
揺るぎなく忠実 ラインの守り
五番
血が燃える限り 手に剣 ある限り
腕に銃 あらば
敵 この川 犯せじ
祖国よ 閑やかに
祖国よ 閑やかに
揺るぎなく忠実 ラインの守り
揺るぎなく忠実 ラインの守り
六番
誓いは響く 軍旗は翻る
ライン ドイツのライン
我らこそ守り手
祖国よ 閑やかに
祖国よ 閑やかに
揺るぎなく忠実 ラインの守り
揺るぎなく忠実 ラインの守り
七番
主よ導き給え 今剣を掴みて
ハイル!ヴィルヘルム!
仇は血で濯ぐべし!
祖国よ 閑やかに
祖国よ 閑やかに
揺るぎなく忠実 ラインの守り
揺るぎなく忠実 ラインの守り
揺るぎなく忠実 ラインの守り!
アメリカは愛国心の強い国です。
なぜならば、アメリカは、圧政から逃れてきた人たちが建国した国だからである。
「星条旗(米国国歌)」和訳
1.
おお、見えるだろうか、
夜明けの薄明かりの中
我々は誇り高く声高に叫ぶ
危難の中、城壁の上に
雄々しくひるがえる
太き縞に輝く星々を我々は目にした
砲弾が赤く光を放ち宙で炸裂する中
我等の旗は夜通し翻っていた
ああ、星条旗はまだたなびいているか?
自由の地 勇者の故郷の上に
2.
濃い霧の岸辺にかすかに見える
恐れおののき息をひそめる敵の軍勢が
切り立つ崖の向こうで
気まぐれに吹く微風に見え隠れする
朝日を受け栄光に満ちて輝きはためく
星条旗よ、長きに渡り翻らん
自由の地 勇者の故郷の上に
3.
戦争による破壊と混乱を
自慢げに断言した奴等は何処へ
家も国もこれ以上我々を見捨てはしない
彼等の邪悪な足跡は
彼等自らの血であがなわれたのだ
敗走の恐怖と死の闇の前では
どんな慰めも傭兵や奴隷達の救いたりえず
勝利の歓喜の中、星条旗は翻る
自由の地 勇者の故郷の上に
4. 愛する者を戦争の荒廃から
絶えず守り続ける国民であれ
天に救われた土地が
勝利と平和で祝福されんことを願わん
国家を創造し守りたもうた力を讃えよ
肝に銘せよ 我々の大義とモットーは
「我等の信頼は神の中に有る」ということを
勝利の歓喜の中、星条旗は翻る
自由の地 勇者の故郷の上に
徳島白菊隊。白菊(偵察員の訓練用機)最高速度百八十キロ/時。沖縄まで五時間。
ゼロ戦五百三十キロ/時、沖縄まで二時間。
夜間海上三十メートルの低空飛行。
五時間、漆黒の星空を、二十歳前後の若者が。
決して短い時間ではない。
死という現実に向き合うには十分な時間です。
ただ上官に命令された事に従うには長すぎる。
だからこそ、彼らの志、思いを甘くみる事はできない。
次の言葉は、二十一歳の特攻隊兵士が、出撃直前に後輩に残した言葉です。
なあ、お前たち、知っているか?
牛や馬は「一頭」、鳥は「一羽」、魚は「一尾」とこう数える。
なぜか?
それは、動物の数え方は、死んだ後に何が残るかできまるんだ。
じゃあここで一つ聞きたい。
俺たち人間はどうだ?
「一名」。
そう、名前だ。
俺たち人間は死んでも名は残るんだ。
お前たちは、自分の大事な大事な「名」に恥じない生き方ができているか?
一回きりの人生、
後悔せぬよう意識すべきことは、
「能力」ではなく「生き方」でな、
「知識」ではなく「行動」だ。
読むべきものは、
「空気」でも「本」でもない、
「自分の心」だ。
明日人生が終わると思って生きなさい。
永遠に生きると思って学びなさい。
それじゃあ、元気に征きます。
この言葉を、二十一歳の若者が話して沖縄の空の散ったのです。
日本人は、彼らの志を決して忘れてはならない。
彼等は、愚か者ではありません、多くは学徒出陣で動員された学徒です。
戦況の行方を知っていた者も多くいます。
それでもなお命を賭して戦ったのは、我々の為であり、我々を信じてです。
漆黒の闇の中、ただ一人、総樹幹を握り、次の時代に悠久の大義を伝えようとした若の者の心。
平和で豊かな国になる事を祈り。
若者が夢と希望の持てる国にしたいと思う心。
それが愛国心です。