俺達と親父達と決定的に違うのは、親父達は、戦争を経験しているという事。
戦争の是非は、あえてここでは問わない。
第一、親父達が開戦に関われる立場になかった。
親父達は、戦争に反対するとか、賛成するとに関わりなく戦争に駆り出されたという事。
自分の意志など聞かれることもなく、親父達は、死と隣り合わせの、ぎりぎりの境遇に放り込まれた。
そして、極限状態の中を生きてぬいた。
親父たちの教えは、その経験から学び取った事に基づいている。
頭の中でこねくり回した、観念的な事ではない。
忘れてはならないのは、親父達の教訓は、生きるか、死ぬかの、ぎりぎりまで追い込まれた経験を、基にしているという事実。
そして、親父達には、そうまでしても命がけで護るものがあったという事に尽きる。
戦争がいいか、悪いかか、問う前に、親父達は、その極限状態を、生きて抜かなければ、ならなかった。

今の日本に横溢しているのは、事なかれ主義、日和見主義で、恐ろしいのは、それが常識のように浸透している事である。

なるようにしかならい、努力しても何も変わらないから、何もしない。
そのくせ、根拠なき楽観主義があって。
何とかなるさと何も決めない。
どっちにしても、何もしない。
何もしない事に言訳ばかり。
何もしなくても、変わらないのなら、今まででと違う事を失敗するのは嫌だ。
考えたところで何も解決できない。現実は変わらない。
だとしたら、考えること自体無駄。
あんまり、深刻に考えない。
考えすぎない。
1970年代に、学園紛争が激化し、多くの若者が、自分たちの手で体制が変えられると希望を持ち、そして、挫折した。
その敗北感、虚脱感は、次の世代に引き継がれ。
無気力、無責任、無関心の三無主義を生み。
悩んだって、考えたって、結果は同じ。
どうせ、何をしたって何も変わらないさと。
俺一人くらいと、自分に言い訳をして。
自分達では、何も、変えられない。何をやってもダメ。
その結果、日和見主義、事なかれ主義に染まった。
何も決めない。何も決めない。
不決断は、最大の誤判断。
成り行き任せ。
どうにかなるさと、決断も覚悟もないまま簡単に行動し。
結果、深刻な事態を引き起こしても、自覚もなしに無責任に投げ出し、逃げ出していく。
どんどん、自分の置かれている環境は、悪くなり、二進も三進もいかなくなって、何とか、しなければならなくなっても、心のどこかで、何とかなるさ、尻込みをする。
激動の時代を乗り切るためには、自分の力を頼るしかないというのに。
自分の考え、信念、覚悟、心構えががなければ、何も決められなくなり難局を乗り越えられないというのに。いつかその内と、決断を先延ばしにする。
先延ばしのすればするほど、追いつめられると解り切っているのに。

世の中が、停滞し、変化が時間できないときは、前例主義、前例を踏襲していれば、見かけ上は何とか言っているように見えるもの。
でもそんなこと通用する世界や時代は長続きしない。
世界の非常識だ。
世界の常識は、努力しなければ、認められない。
真剣に、考えて考え抜かなけるば、答えは得られない。
自由も、富も、権利も、自分の力で勝ち取るもの。
努力しなければ、何も得られない。

親父達が、確認をとれとか、報告をしろと厳しく躾けたのは、生と死の境で勝ち取った教訓だという事忘れてはならない。
死と隣り合わせの経験に基づいている。
我々が、頭で感じるほど、生温い事ではない。
死ぬか、生きるかの状況の中で体得した、血を吐くような思いが底にある。

親父達は俺たちに、必死に伝えようとした。
若い頃は、馬鹿にして、わからなかったけれど。
今は、わかる。
確認をする事。復唱。点呼って。
嘘をつかない事。
憶測推測によらない事。
予断をしない事。
見て見ぬふりはしない事。
約束は破らない事と言うのは、戦場で身につけた教訓なのである。
わかっているよ。簡単な事と簡単に思っていたけれど。
この簡単な事を怠れば、自分や、戦友の命に係わる大事。
真剣でなければ。
うかつに怠る事は許されない。
簡単だからこそ、それを怒ったった時、一つの部隊が全滅する憂き目にも合う。
それを、親父達は身をもって体得してきた。
多くの戦友の死を目の前にして。

だから、親父達の指導は鬼気迫るものがあった。
親父達にとって死活問題なのである。
わかり切った事、誰でも簡単にできる事を怠ったことがで、多くの仲間が死んでいったという事実が、親父達にそうさせてきたのだと思う。
でも今の子にはそれが通じない。
教える側の我々にも命に関わるという実感がない。

信念や覚悟を侮り、軽い気持ちで取り返しのつかない過ちを犯してしまう。
その過ちを指摘されても、自分の犯した過ちの本質を理解できないで、あまく考えている。

斜に構えて、俺達には関係ない。
世の為、人の為なんてと、嘲笑う。

真剣に真面目に取り組むことを馬鹿にし。
面倒くさいことや、煩わしいこと嫌なことは他人任せ。
楽しければいいと思い込まされ。

言葉の選び方を間違えたとか、言葉遣いが悪かったとか、問題の本質を理解しないで軽く考えすぎている。
それが却って問題を拗らせ、日本人の名誉さえ傷つける結果を招いていることさえ気がついていない。

成人前の子供は、脆弱で、未熟。
ここから、二つの発想が生まれる。
一つは、守らなければならない。
もう一つは鍛えなければならない。
前者が母親的な発想で、後者が父親的な発想とされる。

母親的な守るという教育、父親的な、鍛えるという教育。
どちらも大切だ。
それに、基は、同じ事である。
しかし、守るという事に偏りすぎて、鍛えるという事を今の教育は軽んじすぎる。

獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすと教えられ。
かわいい子には、旅をさせろとも。
スパルタ教育の存在を教えられた時代は、はるか昔。
今は、子供を危険な目に合わせない事がすべてより優先されている。

学びたければ、優しさより厳しさを求めよ。

子供を、真に守りたければ。
自分の力で生きられるように育てる事だ。
一番大切なのは、窮地に落ちった時、自力で脱出できる力を身につかせることである。
過保護は、親のエゴに過ぎない。

ただ、若者に迎合するだけでは、本当の人生の厳しさを、彼等に伝えられない。
それで苦労するのは、若者たちなのだ。

昔は、臭かったし。不衛生。汚かったし。埃ぽかった。
大勢、病気で死んだ。
死と隣り合わせで。
それでも、皆、懸命に生きてきた。
今は、守られて、守られて。
それでも足りないと。

目に見える危機を怖れて、目に見えない災難を招いているだけだ。

親父は工兵で、満州から宮古島に渡り。
そこで終戦を向かえた。
満州から釜山を経て宮古島に渡る時は、古い貨物船を改造した輸送船に乗せられたそうだ。
途中で新鋭艦が、敵の潜水艦の攻撃を沈められたが、まるで映画の一シーンを見ているようだったと。
祖母は東京で空襲され九死に一生を得たけど、祖母に言わせるときれいだったと。
その傍らで、三月十日の空襲では、十万人が焼死した。
宮古島では、戦友が死んでも、荼毘にすれば、敵戦闘機から機銃掃射されるから、手だけを切って七輪で焼いて骨にしたと。
それも、最後はかなわなくなり。
骨壺に石を入れて遺族に送ったと。
今は食べられるのが当たり前だけど、宮古島では、指先程度の芋が、三個程度が一日の食事。

親父達が、自分達の経験を話す時、どんなに悲惨な事、凄惨な事、命がけな事でも淡々と話すんだ。
それが、余計、凄味があった。

親父達は、伊達や酔狂で基本を守れというのではない。
死の淵をさまよった経験が言わせるのだ。
疎かに聞いたらすさまじく叱られた。
生活が掛かっているんだと。
仲間の死活問題だと。

今は基本を教えられる者がいなくなた。
守られることが当然だと思い込んでいるから。
でも、現実の社会、世界では、いざという時、誰も守ってはくれない。
自分の事は、自分で守るしかない。

一面焼け野原、四面敵だらけ。
何もなく。味方もいない。
全ての武装を解除され。
食べる物さえ事欠く。
餓死するものもいた。
物価も青天井に上昇する。
肩を寄せ合い。生き抜いてきた。
その中で得た教訓。
親父たちにとって、基本を守るというのは自分や家族、仲間の命を守る事なのだ。

このひと時ひと時を、真剣に、一生懸命、全力で、命がけで生きていかないと、自分の大切なものを全て失うよ。気が付いた時は手遅れになるよ。何もできなくなるよ。
そう親父は言いたかったのだと。

戦場で、部隊に遅れたら、果てしない荒野、真っ暗なジャングルに一人取り残される。
日中戦争の原因と言われる、盧溝橋事件もたどれば、連絡ミスと兵隊がトイレを行った事の確認が取れなかった事とされる。

飛行機事故も、悪天候による事故は、天災と言えるけど、ネジの締め忘れによる事故は、人災。
うっかり忘れました、気のゆるみでは許されない。
謝ればいいと済まされない。
絶対に起こしてはならない。
基本を守る事は、人命を守る事。
親父たちだって、自分の怠慢で一度や二度、肝を冷やしたことがあるさ。
だからこそ。甘くみるなと。

何十年も前に喋った軽口で、末代まで消える事のない汚名を背負わされる事もある。
怖いのは、自分が無自覚だという事だ。

手を抜いても、嘘ついても、ごまかしても、知ったかぶりしても、見栄や、虚勢を張っても、仲間の命のかかわるんだと。できない事はできない事と言え。

今、この世の中に横溢しているのは、日和見主義、事なかれ主義、成り行き主義、刹那主義、快楽主義。
そうしてしまったのは、俺たちの責任だけど。
それが、日本人の本性みたいに、言われるのは抵抗がある。

親父達が伝えたかったのは、どんな些細な事でも、命がけなんだよ。
生きていくというのはな。
今は、食う事に困る事はないけど。
本当に、食べるものがなくて、飢え死にしそうになると、食欲以外の欲なんてなくなってしまう。
あさましものさ。
でもだからこそ、生きる事、食べる事の意味を思い知らされる。
今は当たり前な事でも、それが当たり前でなくなった時、そのありがたみが、身に染みてわかるのさ。
経験してわかるというものではないけど。
どんな些細な事でも真剣でないと。
さもないと生きられなくなる。
そう親父達は伝えたいのだと。