母が、入院をした。
外食をして、家に戻った時、母は、ベッドの横になっていた。
母は、いつも、冷たいものを欲しがるので、声をかけた所、「食べたくない」という。
理由を聞くと、「おなかが痛い」という。
嫌な予感がしたので、「医者に行くか」と問うと黙っている。
救急を呼ぶというと「それほどでもない」と答える。
「どうする」と聞いても、黙っている。
「救急車よぶか」と問うと「歩いていく」という。
それで、パジャマの上にジャケットを羽織ると、探し物し始めた。
「何を探してるの」と聞くと、「入院に持っていくもの」と言うから。
「あの時と同じところが痛いの」と聞くと、「違う」と答える。
少し安心した。結果は裏切られるのだけれど。
「そんなの後で、おれがもっていくよ」とせかして家を出た。
ふと、前回と同じだなと思った。

次の日、朝目覚めると、母の気配がする。
でも、すぐに、母は入院したんだと思い返す。
でも、急な入院だったから、母の生活の名残が、そこ、ここに残っている。

いきなり、日常生活が中断されるとは、こんなことかと。
そこに存在しないとわかっているのに、そこにいる気配がする。

いつか人は、死ぬ。
それを前提にして医療は成り立っている。
医者は、全力で、患者を生かそうとする。
当然、医者にできる事に限界がある。
死が必定である限り、どんなに、頑張ったところで、医者のできる事には限りがある。
死が定めであるなら、医者は、必ず、人の死に立ち会わされることになる。
死を受け入れない限り、医者は、続けられない。
過酷な仕事だなと痛感させられた。

何も、人は、病院で最期を迎えると決まっているわけではない。
それこそ、今世界では、ウクライナやパレスチナの様に戦場で(あまた)命を落とすものも多くいる。
中には、病院で満足に医療を受けられずに死んでいく人も数多いる。
交通事故で路上で往生する者もいる。
誰しもが、医療が原因で死ぬわけではない。

必死に、医者は、病気と戦って患者を活かそうとしているのに、戦場では、いかに効率よく、多くの人を殺すかを考えている。

突然の事故で死ぬものもいる。それが寿命だという人もいる。
それは不慮の出来事で、医師の責任を問う人は少ない。

しかし、病で入院すると人の生き死にの責任が医師の双肩に重くのしかかる。

医者というと思い浮かぶは、町医者だ。
もう、町医者なんていても、誰もわからないだろう。
私が子供の頃は、自宅でなくなる人が多かった。
当時、町医者は、救急のとき、電話をすると回診してくれた。
独特の黒いカバンを抱えて、看護婦を連れて、病人のところへ医者のほうが来てくれたのである。

今は、病院で最期を迎える人がほと死んだりするとかえって厄介なことになる。
それが、人の生き死にを非日常的な事にしてしまったのかもしれない。

医者は、患者の病気だけでなく、心にも向き合わなければならない。
治療の一番の助けは、患者が生きようとする気力だ。

医師は、病状を患者や家族に説明する責任がある。 
話し方を間違うと、患者も家族も絶望に陥れて、治る病気も治らなくなる。
医師と患者の信頼関係を損ねてしまう。

単純に、病気だけを相手にしていればいいというわけにはいかない。
命がかかっているのである。

間違っていましたでは済まされない。
嘘、偽りを言う事は許されない。
私が子供の頃は、告知するか、しないかは、医師の責任に任せられていた。

​患者は、医者に優しさを求めても、医者は、疲れ切っている。
その隙間を埋めているのは看護師だけれど、看護師の仕事も重労働である。
それに、あんまり、患者の感情に寄り添うと身が持たない。
なにせ、病人は、明日もしれないのだから。
緒方洪庵は、門弟の診察をしなかった聞く。

一体、どこまで、医者に責任があるというのか。

セクハラ、パワハラ、モラハラと最近は、何でもかんでもハラスメントにされてしまう。
医療の世界でもドクターハラスメント、ペイシェントハラスメントとか。

確かに、医者の言葉は患者にとって重い。挙句に、あちこちに豊富な情報が流れている。
今は、いくらでも、インターネットで情報がとれる。
ただ、情報が多い分、いろんな説が流布している。

血圧にしても、全く正反対の説が流布していて、どれを信じていいのか迷ってしまう。
これも、公の基準が信用されてないためで。
そうなると、ますます、担当医の言葉の重みが増す。

所詮最後は、担当医に自分の命を託すしかない。

患者に対する医師の言葉の重さも問題だが、医者に対する患者の言葉も問題だ。
医者もまた、人の子なのである。

患者だって、苦し紛れに医師や看護師に暴言を吐く。罵倒もする。
病人だからと言いても医者も人の子である。

前日に、定期検診を受け、翌日の昼頃から、軽い腹痛があったみたいで。
当日は、家内と私と一緒に墓参りに行き、食事も、いつも通り食べ。
夕食も問題なかった。
ところが、九時になった腹が痛いという。
パジャマのままで引っ張り出して、歩いて、救急にいたところ、幸い消化器内科の先生が宿直で、血液検査とCT検査をした後、病室に呼ばれ、総胆管結石と病名が告げられた。
それですぐに入院という段取りになり。

医者は、「延命処置を望みますか」と母に尋ねる。
母は、延命処置はしないでくれと、普段から、紙に書いて持ち歩いている。
「望まない」と答えた。
その後、「内視鏡で処置することになると思うが、高熱が出て意識が飛ぶようだと緊急手術することになる。」と確認された。

「内視鏡はいつ来るのですか」と聞くと。
「早ければ、明日か、明後日。いつもなら、二、三週間先。
運が次第だなと。」と答える。

それから、母が病室に移された。私はそれに付き添って病室に行く。
病室で、簡単に入院手続きをとった。
病室にいると、家内が合流した。

母は、痛み止めと、この化膿止めの点滴を受け、病状は安定した。
ただ、少し熱が出てきたが、意識がはっきりしていたので、盛んに家内が励ましていた。

十二時を過ぎてから病室に母を一人残して帰宅することにした。
真っ暗な病院は迷路のようで、何ともも言えない不気味さがある。
ところどころ灯が点っているのが、かえって不気味さを増している。
でも、こうしているうちも、多くの看護師が夜勤で頑張っている。

次の日の朝、姉から母の日のカーネーションが届いた。
携帯で写真を撮って母に見せる事にする。
コップとスリッパを買って病室に届けた。
病室に入ったら妹が、見舞に来ていた。

人は、身内の死の責任を負いたくはない
勢い、医師を責めたくなる。
しかし、それはお門違いだ。

それは、重々承知はしているが、やはり、母の命に係わる事だ。
ちょっとした医者の言葉も心に引っかかる。
それでなくとも、振り返ると悔やむことばかり。
他人を責めるどころの話ではない。
家内も時折、自分を責めるようなことを口にする。
今更悔やんでもどうにもならない。
それは自分も同じである。
我々がこうなのだから、医者はもっとしんどいのだろう。

家に戻ったら、妹から、カーネーションが届いていた。
午前中、休日にも関わらず、内視鏡で処置をしてくれたみたいで。
「内視鏡でチャレンジしたが、結局、届かないという事でいったん撤退することにした。」と、私の携帯に病院より連絡があった。

医者を、恨んだり、責めたりする気は毛頭なく。かえって医者というのは大変な仕事だなと。
後日器具を変えて、再挑戦したいと、母に申し出てくれたそうで。

死は、必定

九十三を越えた母も覚悟はできていると思う。
何かというと「いつお迎えが来ても」というので。
その都度「そんなことは言わないでくれと」たしなめる。
ただ、いざとなると物怖じをするし、身体の苦痛はどうしようもなく。
他人事ではなく、病気になると、ついつい、医者や看護師につらく当たる。

理不尽な事は重々承知してはいるが、命の事だから、そう悠長なことは言いてられない。

いつ容体が変化するかもわからず。
医者は、本当に過酷な決断を日々求められていると感じる。

しみじみ、医者という仕事は大変だなと痛感する。

それを承知しているから、医者を責めるとか、批判するとか、後悔するという気はない。
ただ、今、自分が最善な判断をしていきたくない。
後で自分が後悔したくないだけだ。

自分は、自分として間違いのない判断を下したいだけだ。

前回、入院時も、医者には、失礼したこと多々あったと思う。
病気になれば、礼儀なんて言ってられない。
病院では死は日常的な事。

結局、医療は、上手くいけばそれが当然となり、少しでも不都合があると医者の責任が問われることにもなる。上手くいったことは。結局忘れられてしまい。ただ、結果だけが問題にされることが多い。
上手く処理できなかったことだけが問い詰められる。

テレビでは、「私、失敗しないので」と豪語する女医を主人公にするドラマがあったが。実際の医療の現場では、失敗もへったくりもない。
ただ、生きているか、死んでしまったのかの現実だけで、何が成功で、何が失敗なのかも判然としなくなるのだろう。
医療に答えなんてない。
ただあるのは、人は、いつか死ぬという冷徹とした現実だけだ。

それを考えると医療は虚しい行為に思える。
しかし、一日でも、長く生きられるようにすることは虚しい行為ではない。
ただ、問題があるとしたらその人の生き方。

今回はよくなったとしても、次回もよくなるとは限らない。
所詮、死という現実を先延ばしにしているのに過ぎないのだから。

とても、私は医者など勤まらないと思う。

過去がどうのこうのとか、恨みつらみとかではなく、これからの判断を間違わないように。

信仰がなければモラルが守れまいと。
新渡戸稲造は言われて武士道を書いたそうだが。
なぜ、死後の報いによってモラルが守られるのか。
それは、死んだあとの報いを恐れるからで。
どちらかと言えば、今の日本人は、死んでしまえば総てが御仕舞と、タガが外れつつある。
そうなると死んだ後の報いなど考えないでやりたい放題やった方が得と。

挙句に、「死後の世界なんて非科学的」という者がいるから。

つまりは、納得のいく死か。納得できない死か。
所詮、医療は、死を最後は納得に行くように受け入れさせることに尽きる。
そこが、医者のジレンマなのかましれない。

では、納得のいく死とは何か。
一体誰を納得せせればいいのか。

患者当人を納得させたくても、当人は、死んでしまっている。
納得させなければならないのは、生きている人で。
夫だの、家族か。
それとも、自分や、同僚の医師を納得させるのか。

医者は、最後まで、患者を救おうと懸命になる。
しかし、救えないと悟った時から医療の方向性は変わる。
医者の姿勢も、患者の態度も変わる。
患者は、医者に問う。
「あとどれくらい生きられますか。」
「余命はどれくらいあるのですか」と。

医者ほど、人間の生と死に向き合わなければならない仕事はあるまい。
兵士だって、戦争でもない限り、死と向き合っているわけではない。

家に帰って一人になって、あれやこれや考えた。
つまるところ、恨みつらみが言いたいわけではない。
医者を責めているわけでもない。
身内に言い訳をするためでもない。純粋に。

ただ、間違いたくないのだ。

あの時と同じだなとまた、思った。
まるで、ビデオを再生しているように、同じ場面がよみがえる。
あの時も確か、週末だった。
「おなかが痛い」というから救急に歩いて行った。
「前と同じところが痛いの」と聞いた時も、
「以前も結石で入院した時と同じところと違う」と言っていた。

まるで、白昼夢を見ているようだ。

夕方、母から携帯に、「内視鏡が届いたので明後日、内視鏡で手術することになった」と連絡があった。

内視鏡で処置する日、立ち会う必要はあるかと聞くと必要はないという。
心配であったがその日は大切な予定が入っていたので、医師に任せることにした。

夕方、病院に行くと治療は終わっていた。
母は、麻酔医から覚めていて。少し饒舌になっていた。
どうやら、治療はうまくいいたようだ。

母の病状は、ステントを挿入することで、一応安定し、一週間程度の入院ですんだ。
結石は、結局、取り出せなかった。

何を恐れているのか。
死後の世界を信じようが、信じまいが。
自分の人生に、どれほどの影響があるのか。
よしんば、人類が滅亡するにしても。
突き詰めれば、自分の生にどれほど影響があるというのか。
それで自分の生き方が変わるというのか。
どうでもよくてただ淡々と生きようと。
何物にもとらわれずに。

生きるという事は、息を吸ってはいて。
草や木だって。
なんか、人間のバカばかしさですね。
神を信じることができないような生き方をしてですね。
今頃、信じる、信じないもないもので。
許してほしいなら、悔い改めろですね。今。

それより、自分は今生きていて、生かされていて。
何なんでしょうね。

出会い、そして別れ。

中尾彬が死にましたよね。
もうああいう役者がいなくなったよねと。
要は生きる事の凄味ですね。
中尾彬には役柄でなく、自身が持つ凄味。

生きるとは息を吸って吐いて。
寝て、醒めて。

中尾彬は、中尾彬という役を演じきったのかもしれませんね。
夢のまた夢。

なぜと問うことなかれ。

今を生きて、明日死のうとも。
信じる事。
何を信じるのかと言えば。
今まで自分が生きてきたこと。
そして、いいも悪いも自分が関わってきた事実。
大切なこと、大切にしてきたことですね。
それを信じて。
それこそ、かけがいのない真実ですから。

何を恐れているのか。
死後の世界を信じようが、信じまいが。
自分の人生に、どれほどの影響があるのか。
よしんば、人類が滅亡するにしても。
突き詰めれば、自分の生にどれほど影響があるというのか。
それで自分の生き方が変わるというのか。
どうでもよくてただ淡々と生きようと。
何物にもとらわれずに。

生きるという事ですね。
最近、しみじみ思うのですね。

死は必定だとしたら、何が生きる目標なのかと。

父も母も戦争を生き抜いて。
戦時中は死は日常的出来事。

人はどこまで残忍になれるのか。