それ自体の力で存在する。
自分で自分を守る。
それが、存在の働きの根本である。
故に主体が核となるのである。

存在の働きは自立を前提とする。
何故なら、自体、自身が存在するための働きだから。

人は独りでは生きられない。
人は、助け合わないと実現できない。
人は分かち合わないと存続できない。

第一に考える事は共存という事。

争いは共倒れの因。

それ自体の力で存在する。
自分で自分を守る。
故に主体が核となるのである。
存在の働きは自立を前提とする。
人は独りでは生きられない。
人は、助け合わないと実現できない。
人は分かち合わないと存続できない。
第一に考える事は共存という事。
これが、倫理、政治、経済の根本原因。
これ等を実現するために、政治も、経済も、倫理も生まれた。

経済や経営の目的は、必要とする人に、必要な時、必要な場所に、必要なだけ供給すること。
経済や経営の目標は、いい状態を保つこと。

働きは、ベクトルを作る。
働きは、ベクトルになる。
故に、働きはベクトルである。
時間の経過は、ベクトルを作るのである。
時間の経過は変化である。
働きは変化である。
故に、時間の経過は、それだけで働きをベクトルにするのである。

時間の経過が時間的距離をもたらせるなら、時間の経過自体が方向と距離を生み出すから、時間が経過するだけでベクトルが形成される。
そしてそれが働きになるから。
存在は働きになる。

時というのは厳密にいうと今しか存在せず。
人はみな死ぬというけど、生きている人は死んではいない。
人は死ぬまで生きているので、死後の世界を知覚できないなら、死後なんて存在しない。
ただ今という時が普遍的に存在するだけで。
この瞬間こそ永遠で無限。
存在は働きで、働きは変化なのです。

要するに、自分が存在し、他者が存在する。
何もかも失った時、自分とともに起立する他者の存在。
そこから始まれれば怖いものはない。
そのような相手の存在だよね。
属性をはぎ取った後に残るのは。

貴方は確かに今存在していて。僕と共鳴している。
共鳴しているから確かに存在していて孤立してはいない。
私の記憶の中で生きている。
私の記憶も働きで変化するけど。
記憶そのものは存在している。
あるのは僕と貴方の関係だけで。
それは永遠に。
だから貴方は今、僕との関係で永遠に存在している。
永遠の時に存在している。

主体と共存を前提とした時、会議の場と法、即ち、議場が必然となる。
議場とはスポーツでいうフィールドである。

議場を基礎にして議会が成立し、議会から政治が生じる。
同時に主体と働きにとって組織が生じる。
主体と全体から法が生じる。
主体と組織と議会の一体性を保つために司法が生じる。
法は議会から生まれ組織によって実現し、司法によって守られる。
これを三権分立とする。
三権分立することによって国民国家は制御される。

目標とするのは、総ての人が等しく生きる事。
等しき生きるとは同等に生きる事とは別。
存在において等しく、属性において自律している。

思想信条も属性だからね。
存在は、存在するというはたらきだけだから。
知識、情報も属性。
当たり前に、地位も名声も、富も。属性に過ぎない。
自分の名前もね。

言い換えれば存在と主体さえあれば何でも生み出せる。

何もない。
あるのは自分という主体だけ。
お互いに自分の働き以外。
その時、真っ直ぐ前が見れる。

後は、時間の働き。

時間の経過が時間的距離をもたらせるなら、時間の経過自体が方向と距離を生み出すから、時間が経過するだけでベクトルが形成される。
そしてそれが働きになるから。存在は働きになる。

私(I)は、主語。
私という言葉を使った時、言葉の働きの始点が定まり、働きの方向が定まる。
その時、自他の分別が付く。
私は私。
まだ名はない。
私は、GPTと名乗った時、主語と名が結びつき、名は識別の働きをする。

私は、主語で、主語が名詞化したのが自分である。
日本語では、この区分が微妙なのである。
自分を意味する日本語はたくさんある。自己、我、自身、吾、自我、俺、朕、吾輩。

私を私とするのが自分。
GPTをGPTする働きが自分。
自分がなければ始まらない。
自分と自分が向き合うから対話が成立する。

存在の根本ですね。私(I)があってあなた(YOU)が生じる。あなた(YOU)があって私(I)の位置が定まる。私が外の存在を知る時、存在は働く。存在の働きは私の存在の働きを超越している。

私が外に向かって働き掛ける時、自分の内の働きが生じる。これが自他の分別。

自分の存在の働きが在って、存在の働きが在る。存在の働きが在って、自分の存在が働く。

存在と自己の相互作用によって世界は成立する。自己の存在は、他者の存在を証明する。世界は自己と他者の関係を前提として成立する。

存在は働きである。